哲学

2019年2月18日 (月)

長門詩篇Ⅶ「ミニヨンの物語、そして謎の吟遊詩人」

長門有希詩篇Ⅵから続く>

■長門有希詩篇Ⅶ「ミニヨンの物語、そして謎の吟遊詩人」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。前回は、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(ゲーテ)に読みふけっているうちに眠ってしまい、夢を見始めたところで終わっています。〕

●サーカスの少女ミニヨンの回想

 いつ、どこで生まれたかも分からない
 父と母の顔も名も知らない。
 自分のほんとうの名前さえ知らない。
 気がついたら旅回りのサーカス団にいて、ミニヨンという名で呼ばれていた。

 微かに、夢のように思い出せることは、
イタリアのどこか、湖の畔に住んでいたこと。
 レモンの花が咲き、暗い木陰には黄金色のオレンジが燃えていた。
 青い空からやわらかい風がそよいでいた。
 ミルテは静かに、月桂樹は高くそびえていた。

 あたしが暮らしていたのは、湖畔の漁師の家だった。
 母親が近くの町に住んでいたけど、めったに会わせて貰えなかった。
 母親は罪深い女で、お前は罪の子だからということだった。
 侯爵家の次男坊の修道僧と通じて生まれたのがお前だから、ということだった。
 
その父親は山の彼方の修道院に、今も囚人のようにして生きているというのだった。

 漁師の夫婦は親切だったけど、村の子どもたちはあたしを見ると、罪の子、罪の子、と言って石を投げて来た。
 青みがかった銀色という風変わりな髪の色、そして人形のような表情のない顔が、罪の印だというのだった。
 あたしは子どもたちを避けて、湖岸を回って反対側に建つ大きな家の玄関先で過ごすようになった。
 円柱と円柱の間から奥をのぞくと、広間はかがやき、いくつもある小部屋がきらめいていた。
 円柱に刻まれている男女一対の大理石の像を、あたしは、聖母マリア様の像とまだ見ぬお父様の像だとひとり決めしていた。
 向かい合っていると大理石の像たちは、「かわいそうな子、どんな目に遭ったの」と、問いかけてくるのだった。

 そんなある日の夕方。いつものように円柱の像とことばを交わしていると、背後に近づく乱れた靴音があった。
 振り返ると、数人の男たちが迫っていた。逃げる間もなく、頭から布をかぶせられ、抱えられて連れ去られた。
 近くに待機していたらしい馬車に積み込まれると、布が取り去られ、何人もの髭面がのぞき込んだ。
「まちがいない、この子だ。噂に聞いた通りのミニヨンだ」
「青みがかった銀色の髪、大きな黒い瞳。こんな子、見たことないぜ。どれだけの値段になるか見当もつかないくらいだァ」
「こりゃ、あのサーカスの親分が喜ぶぜ。一座の看板の舞姫を育てたいと言ってたからな」
 馬車は夜通し走り、(後で知ったのだけれど)フランスの国境に近い町はずれで、サーカスの一座に引き渡された。
 親方はフランス人らしく、あたしの顔を見ると、
「ミニヨン、ミニヨン」と叫んで狂喜した。
 これも後で知ったけれど、ミニヨンとはフランス語で可愛い子ちゃん、という意味だった。

 こうしてあたしは、本当の名前も忘れ果て、ミニヨンと呼ばれて旅回りのサーカス団の中で育てられることになった。

 四頭立ての馬車を4台も5台も連ねた、大きなサーカス団たった。
 30人ほどの団員は、イタリア人フランス人スペイン人とさまざまだった。あたしのように、幼くして売られてきた子ども達も何人かいた。
 サーカス団での待遇は悪くはなかった。
 早くから歌と踊りとそして玉乗りの芸を教え込まれたけど、
 同じ年頃の子ども達がやらされているような危険な軽業は、顔に傷が付くからという理由で免除されていた。
 洗濯や馬の世話など、手の荒れる雑用も免除された。

「俺はお前を、一座の花形の舞姫に育てあげたいんだ」
 親方は、舞台で華やかに踊っている看板の踊り子に目を注ぎながら、少し声をひそめ気味にして言うのだった。
「あの、フィリーナを見なよ。申し分なく美人で愛嬌もあれば歌も踊りもうまい。玉乗りだって達者だし綱渡りもできる。けど、何かが足りないんだ」
 そしてあたしに目を向けて、言葉を継いだ。
「お前をひとめ見て、それが分かった。あの娘には品格がないんだ。お前にはそれがある。侯爵家の姫君にしてもおかしくないほどの気品というものがな。ミニヨン、あと5年もすればお前は女になる。パーッと花がひらくようにな。そうなったらこのサーカス団も、世界一になるってエもんだ。なにしろ、落ちぶれてサーカスに身を売った侯爵家の姫君が歌って踊って玉乗り芸をするんだからな」

●「男爵」の魔手は逃れたけれど「自動人形」へ格下げされて‥‥

 5年が過ぎた。
 あたしは歌も踊りも上手になった。背も伸びた。
 フィリーナがあたしを脅威と感じ始めていることが、何となく分かった。
その間にもサーカス団はフランスの南部をめぐり、スペインに入り、またフランスに引き返してパリに暫くとどまって、次はドイツを目指すということだった。
 ドイツとの国境に近い、天を突くように高い大聖堂のある町で興行をしていた時のこと。
 舞台で踊るあたしを、連日、かぶり付きで舐め回すように見ている男の人がいた。何となくお忍びの貴族らしい気がした。
 ある日、親方はあたしを呼んで、言った。
「聞いて喜べ。男爵様の目に留まったぞ。お前もいよいよ女になるんだ。ちょうどおとつい、初めての月のものがあったと、ジェリーに聞いたしな」
 不安げなまなざしを向けるあたしに、親方は畳みかけた。
「手付金は貰ってる。だから、お館に行って渡された金はみんなお前のものになるんだ。自分の財産ができるんだぞ。フィリーナだってそうやって相当貯めこんでやがる。それで自分を身請けして、パリでつかまえた男といっしょになって商売を始める算段らしいがな」

 何も分からないまま、夜になって迎えにきた馬車に乗せられて、館に連れていかれた。
 かがり火に浮かび上がった玄関の円柱の彫刻は、記憶にある湖畔の家を思い起こさせた。
 けれども、寝室に連れていかれ、入ってきた「男爵」に着衣を剥がれると、羞恥と恐怖と嫌悪がいっぺんに襲ってきた。
「嫌です、やめて下さい!」
「なにをいうんだ、この玉乗り娘が。いくら払ったというんだ」
 あたしは力任せに押さえつけてくる腕に噛みついた。
「イタタ、この淫売っ子が離せ!」
 腕をねじ上げられた。目が回った。手足が勝手に動き、痙攣した。口から泡を吹いた。
 ひきつけを起こしたのだった。
 慌てて男爵は人を呼んだ。

「お前はまだ、女になっていなかったのだよ」
 医者を帰すと、男爵は言った。「あのサーカスの団長め。いい加減なことを言いおって」
 そして、金貨の入った小さ目の袋を渡して言葉を継いだ。
「約束のお金の4分の1だけ渡しておくよ。あと一年たてばお前は確実に女になる。そうしたらまた迎えを出す。なんといっても私はお前を気に入ってるんだからな。青みがかった銀色の珍しい髪の色、黒い大きな瞳、陶器の人形のような整った顔。あのルネ・デカルトの有名なフランシーヌ人形もかくや、ていうものだ」

 男爵の予言は実現しなかった。
 月のものはそれっきり止まってしまった。
 膨らみかけた胸も、それ以上大きくならなかった。
 背丈は少し伸びたが、それがかえって、少女というより少年っぽい感じを与えるようになった。
 団員の同じ年頃の少女たちが日増しに女らしくなっていくのに引き比べ、あたしはいつまでたってもちょっと開きかけた蕾のままだった。

 親方の落胆と怒りはたいへんなものだった。
「いったい何時になったら女になるんだ、エエッ? お前にいくらはたいたと思ってるんだよ!」
 そのうちに抜け目のない親方は、あたしの新しい売り込み方を思いついたらしかった。
 髪を短く切られ、少年の服装をさせられた。
 エッグダンスという、少年のやる踊りを覚えさせられた。
 綱渡りのような、危険な軽業の練習もさせられるようになった。
 そのうちに、しばらくパリに戻ったかと思うと帰ってきて、奇妙なことを言い出した。
「パリじゃ、ヴォ―カンソンっていう時計師が大評判だ。背中のネジを巻いただけで、ぜんまい仕掛けで踊ったり笛とかギターを演奏したりの人形を作ってな。オートマトンって言うらしいんだが。妙ちきりんなこったが、ヴォーカンソンの自動人形〔オートマトン〕はみんな男の子なんだ」
 そして、あたしにチラッと目をやって、周囲に言うのだった。「このミニヨンそっくりの自動人形もあったぞ。それで思いついたんだが、背中に大きなネジのついた服を作ってこいつに着せろ。それでギターを弾きながら踊らせるんだ。わがサーカスの看板オートマトン、ミニヨン少年のギターと踊りでござ~い、てなわけでな」
 団長の思いつきは実行された。

●運命の人との出会い

 サーカス団がドイツに入って二年目のこと。
 その年の冬は経験したことのないような厳しいものになった。
 ストーヴの傍にいても、体のふるえがとまらなかった。
 あたしは風邪をこじらせて、春になっても小さな咳をいつもするようになった。
 イタリアへ行きたい、帰りたい、と心から思った。
 故郷の町がどこかも分からない。
 両親の顔も名も知らない。
 それどころか自分の本当の名も知らない。
 それでも、思い出の中の湖畔の風景は忘れることがなかった。
 レモンの花が咲き、暗い木陰には黄金色のオレンジが燃えていた。
 青い空からやわらかい風がそよいでいた。
 ミルテは静かに、月桂樹は高くそびえていた。
 行きたい、帰りたい、南の国へ。
 想いはつのった。

 サーカス団から脱走してでもイタリアをめざしたかった。
 南の地平に白い壁のように聳えるアルプスを越えてでも。
 おそろしい山賊や人さらいの噂が絶えることがなく、
単身向かっても、もっとひどい境遇に沈められることは火を見るよりあきらかだったけど。

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 やがてサーカス団は南ドイツの大きな町についた。
 そこで一週間ほど興行を打つということだった。

 その町でのことだった。
 運命の人、ヴィルヘルム・マイスターさんと出会ったのは。

【図は手塚治虫作「ミニヨン」(1957)より、南ドイツの町で踊るミニヨン。『手塚治虫マンガ文学館』(ちくま文庫、2001)

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2019年2月15日 (金)

長門詩篇Ⅵ「また図書館に。あるいはサーカスの少女ミニヨンの歌」

長門有希詩篇Ⅴから続く>

■長門有希詩篇Ⅵ「また図書館に。あるいはサーカスの少女ミニヨンの歌」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員、正体は銀河の彼方から送り込まれた生体アンドロイドである長門有希が、その孤独な運命と夢と読書の歓びとあえかな恋心を歌い上げます。〕

 ある日の授業風景、現国

わたし、銀河を統括する情報統合思念体に送り込まれた対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースである長門有希が、教室でどんなかということは、クラスが違うので涼宮ハルヒらSOS団のメンバーにはあまり知られてはいない。

まだ眼鏡っ娘だった頃の、ある日の授業風景から始めよう。

その日は、現国の時間が始まる1分前になると、教頭先生が見慣れぬ若い女の先生を連れて教室に入ってきた。
 そして、担当の先生が予定より早く産休に入ったので、急遽、現国は今日からしばらくの間、3月に関西学院大学を卒業したばかりの森先生に担当していただくと言って、出て行った。

新しい先生は、「森園生」と黒板に自分の名を大書すると、教育実習でなく本当に教えるのは今日は初めてですけど、頑張りますのでよろしくお願いします、と頭を下げた。

余計なおしゃべりはしそうもない代わりに、にこやかな笑みを絶やさない、芯の強そうな美人の先生だった。男子生徒が嬉しそうな顔をしているのが分かる。

わたしには、この名前にも顔にも、見覚えがある気がしたが、はっきり思い出せなかった。
 三年前の七夕の夜に、三年後の異時間同位体の“わたし”と同期して得た未来の記憶は、その後の2年8か月にもわたる休眠期によって、細部が失われてしまっていたから。
 その方がいい。未来のことなど知らない方がよいのだから。

「今日は、田代先生からの引継ぎで、35頁の近代詩のところからです」
   指示に従って生徒たちが、ガサガサと教科書をめくる。

「ミニヨンの歌」と大きくあって、横に「ゲーテ作、SSS訳」とある。
   頁の下部に、「明治22年発表。SSSは新体詩の運動を始めた新声社の略で、実際の訳は森鴎外の妹、小金井喜美子とも、鴎外その人だとも言われている」と、細かい文字で註が付いていた。

「明治の訳詩かァ、つまんなさそう‥‥」後の席で女生徒が、小声でつぶやくのが聞こえる。
 「どうせなら尾崎豊にでもすればよかったのに」と、ジャズやロックの歴史に詳しいことが自慢の男子生徒の声。
 じっさい、頁の上の詩は、わたしの脳内装備型日本語変換辞書にもなじみのない文語調で書かれていて、高校生が親しめるものではなさそうだった。

「まず、私が読みます」といって森先生は、涼やかな声で三連からなる詩を、よどみなく読み上げた。

「このミニヨンの歌は、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』という長い小説に出てくる詩です。
 舞台は十八世紀のドイツで、ミニヨンは幼い時にさらわれてサーカス団に売られた可哀そうな少女です。
 親方に鞭で打たれて苛められているところを、主人公のヴィルヘルムという青年が救い出し、お金を出してサーカス団から解放してあげます。
 お礼にミニヨンがヴィルヘルムに歌って聞かせたのがこの詩で、思い出の中の故郷イタリアのことを歌って、ウィルヘルムに一緒に行きたいと誘うのが、全体の意味です。
 最後の「行かまし」というのは、「行きたいの」という、願望の意味ですね」

「くっさー。サーカスに売られて苛められる少女だって。大昔の少女漫画まんまじゃん」と、背後で小さく別の女子生徒の声。
 「大正ロマン、てところね」と、少女マンガ通を自認するまた別の女子生徒が応じる。

森先生が続ける。
 「この詩は名訳ですけど、古すぎで皆さんにはすぐに良さは分からないと思います。もっと新しい良い訳が出ているので、皆さんに読んでもらうことにします。」
 そう言うと、コピーを取り出し、配り始めた。
 行きわたったところを見計らって、座席表を眺め、なぜかわたしの方を見て、言った。
 「長門有希さん、いま配った新しい訳を読んで下さい」

教室が一瞬、ざわついた。

わたしは構わずコピーを持って立ち、読み始めた。長いので最初の二連だけでよいという指示に忠実に。

 ●「君よ知るや南の国――」の朗読で文学少女長門有希のイメージが定着する

 〔ミニヨンの歌〕

君よ知るや南の国。レモンの花咲き、
  暗き木陰に、黄金なすオレンジ燃え、
  青き空より、やわらかき風のそよぎ、
    ミルテ静かに、月桂樹[ローレル]は高くそびゆる。
    君よ知るや、かの国を。
          かなたへ、かなたへ、
    おお、いとしき人よ、君と共に行かまし。

君よ知るやかの家を、円柱[まるばしら]に屋根は安らい、
    広間はかがやき、小部屋はきらめく。
    大理石[マーブル]の像たちは、我[あ]に問いかく、
    哀れなる子よ、いかなる目に遭いしかと。
   君よ知るや、かの家を
     かなたへ、かなたへ、
  おお、我[あ]を護[も]る人よ、君と共に行かまし。

読み終わると、不思議な沈黙が教室を支配した。
 わたしは着席してよいか、指示を待って森先生を見る。
 夢を見ているような顔をしていたが、我に返ったように先生は言った。
 「素晴らしい読みでした、長門さん。まるでミニヨンが乗り移ったみたいよ!」
 そして、パチパチと手を叩いた。
 拍子がパラパラと生徒たちの間にも起こり、やがて全員に広がった。「さすが文芸部員」といった声も上がった。

どうして。普通に感情を交えずに、淡々と読んだつもりだったのに。わたしは席に座りながら思った。
 すると、おしゃべりな脳内装備型日本語変換辞書が、勝手に立ち上がって囁いた。

 ――嘘。あなたは途中から、図書館のことを思い出していたの。
  この前の日曜に、初めてのSOS団野外活動で“彼”に連れられて行った図書館のことを。
  あの時あなたは、まるで夢遊病患者のようなステップでふらふらと本棚に向かって歩き出した。
  そして厚い哲学書を手に取ると、三時間もの間、その場で立ったまま読みふけった。
  しまいに“彼”が来て、涼宮ハルヒが集合時間がとっくに過ぎていると電話で怒りまくっているので、早く駅前に戻らなければならないと促した。

Nagatokyon_toshokan あなたは、床に根が生えたように動かなかった。
  仕方なく“彼”は、カウンターに行ってあなたの貸し出しカードを作ってもらい、読んでいる本を借りてあげた。
  その図書館のことをあなたは思い出していたの。
  「南の国」も「かの家」もあなたの中では図書館で、「君」も“彼”のことだったのに――

勝手な解釈しないでよ。わたしは脳内辞書を黙らせた。

でも、この日から、クラスでのわたしへの風向きが、微妙に変化したのは確かだった。
 何人か、文芸部に入部したいと言ってきた男子生徒がいた。
 やや緊張気味に、憧れるようなまなざしを向けて。
 わたしは「今は募集していない」と素っ気なく答えた。
 文芸部室はすっかりSOS団の巣窟になっていて、放課後になるとハルヒが朝比奈みくるにコスプレを演じさせようと大騒ぎしていたから

にべもなく断られても何人かの男子生徒は、憧れるようなまなざしを向け続けた。
 どうやら、「眼鏡キャラ、無口キャラ、神秘的な無表情系」というミステリアスな文学少女のイメージが、定着したようだった。

でも、そののち1,2週間で大きな出来事が次々に起こり、眼鏡は失くすわで、そんなことは念頭からなくなってしまった。

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2019年1月20日 (日)

ハルヒ神学vs.長門神学(8):長門詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」

長門有希詩篇Ⅳから続く>

■長門有希詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」

  どこか知らない、乾いた大地を旅していた。
 白茶けた岩山と岩山の合間に緑の草地がところどころに拡がり、羊や牛がのどかに草を食んでいた。
 遠く、青い水平線が望まれることもあった。
 少し広い牧草地と岩山の間には、たいてい泉か井戸があり、岩山に隠れるようにして煉瓦の白茶けた家が何軒か固まって、村落を作っていた。
 わたしは、ある時は何人かの集団で、またある時は一人っきりで、村から村へと渡り歩いていた。
 歩き通しのこともあれば、農夫の荷車に乗せて貰うこともあった

 村に着くと、好奇心で目を輝かせた村びとが、大人も子どもも、老いも若きも集まってくる。わたしは広場でタンバリンを打ち鳴らして踊りながら、大地と豊穣の女神デーメーテールや愛と婚姻の女神アフロディーティーに捧げる歌を歌った。

 その後、求めに応じて占いをする。わたしの占いは良く当たると評判だった。
 そのまま村の有力者の家に泊まることもあったが、たいていはそこで春をひさぐことになるのだった。
 それも、歩き巫女の仕事の内だった。

 そうやって村から村を渡り歩きながら、わたしはパンドーラという名の、伝説的な巫女の消息を求めていた。

 パンドーラは、何千年も昔から生きているという。不老の美しさを保ちながら。
 ある説によると、パンドーラこそ、最初の人間の女だという。
 今でも、どこかの廃墟となった神殿の奥深く棲むが、実際にあったという人は誰もいないという。

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 どれくらいの月日が、そうやって流れたかは分からない。ある日、とうとう、海に面した断崖に立つ崩れかけた神殿の奥で、わたしはパンドーラに会ったのだった。

 「わたくしの名を、久方ぶりに呼ぶのは誰ですか‥‥」
 神殿の奥の暗がりから、立ちのぼる香煙をかき分けるようにして長身をあらわした巫女を見て、わたしは小さく叫んでいた。
 「朝比奈みくるさん!?」
 「その人のことは知りません」
 巫女は平静に言葉を継いだ。「でも、美の理想は、どんな時代でも似たようなものになってしまうのです。このパンドーラは、元々、理想の美を体現せんものと、オリュンポスの神々によって造型されたものですから‥‥」
 そして、憂いを含んだ目でわたしを見て、「して、何用あって、このような荒れ果てた地に、世に忘れ去られた巫女のところに、来たのです?はかなげな乙女よ」
 「乙女などではありません‥‥」
 わたしは、昨夜も村で、自分の体に散々加えられた、おぞましい仕打ちの数々を思い起こして顔を赤らめながら、答えた。「春をひさぐのをなりわいとする、ただの卑しい歩き巫女‥‥」
 そして、聞こえないような小声で付け加えたーー「はかなくもないのだし‥‥」
 伝説の巫女は、じっとわたしに目を注いで、少し悲しげに言った。
 「そのようなことを言うものではありません。黒い瞳に青みがかった銀色の髪をした乙女よ。あなたの闇に星を鏤めたような瞳の奥には、無窮の宇宙が広がっているものを。見ていると吸い込まれそうな。ーーして、何用ですか?」 
 「パンドーラさま。わたしは知りたい。わたしはなぜ、今、ここにいるのかを。わたしは一体、誰なのかを」

 わたしは跪くと、堰を切ったように語り始めた。
 「気がついた時にはもう、わたしは、15か16歳の女として、旅芸人の一座に加わって村から村へと渡り歩いていました。
 わたしには、親も兄弟姉妹もありません。わたしを拾ってくれた一座の親方は、わたしが空から降ってきた、と言っていたものです。
 ですからわたしには、子どもの頃の記憶がありません。
 踊り子として一座と共に過ごすうちに、わたしには予言の力があることが分かってきました。日ごとに煩わしく言い寄ってくるようになった親方の息子からのがれたくもあって、歩き巫女の一行に身を投じました。
 先輩の巫女たちの中には、天涯孤独な上に内気で無口なわたしを憐れんで、妹のように可愛がってくれる人もいたのです。
 でも、4、5年もたつと、その人たちからも別れなければならなくなりました。
 わたしが、齢を取らないからです。
 仲良しだった友だちが、自分だけが齢を取ってゆくのに気づくと、わたしに嫉妬の目を向け、しまいに魔女だの化物だのとののしるのです。
 そのうちに、はるかな神代から、人でありながら不老の若さ、永遠の美を留めているという、最高の巫女、パンドーラさまの噂を聞きました。
 あなたこそ、わたしが誰なのか、なぜここにこの時代にいるのかを、教えていただける方ではないでしょうか」

 「憐れな乙女よ」パンドーラは、跪いたわたしに歩み寄り、手を取って言った。
 「この世におけるそなたの使命を教えるには、まず、わたくしが何者であるかを伝えねばなりません。でも、この時代の人々の言葉も概念も、あまりにも未成熟です。
 ですが、楽の音に、歌に、乗せれば伝えることもできましょう。
 アフロディーティの歩き巫女よ、立ちなさい。タンバリンを取って踊りなさい。
 わたくしが歌い、もの語るのに合せてーー」

 言われるままにわたしは背に負ったタンバリンを手に取って、シャラシャラと打ち振り踊り始めた。
 澄み切った歌声が、パンドラの紅い唇から流れ出す。

〔パンドーラの歌〕

我が故郷〔ふるさと〕は銀河の彼方
光が尽き光の生まれるところ
エックス線星は歌い
超新星は紫の輝きを放ち
渦状星雲が群れ集い
ブラックホールが音もなく崩壊する
重力が生まれ重力の尽きるところ

銀河の彼方からわたくしは来た
宇宙開闢以来在る究極知性
情報統合思念体の、最初の対人コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェースとして
獣と変わらぬこの星の人類に
知識と技芸を授けるために

こうしていつか人間たちは

Pandora_2鳥獣を狩り野苺を摘むのをやめ
牛と羊を飼い畑を耕すようになった。
洞窟を出て石造りの都市に住み
棍棒の代わりに青銅の剣と鋼の鏃で武装した。
天体を観測して暦を作り
三角測量を覚えてピラミッドを建てた。

けれど農耕は狩りの生活より労働がきつく
人口の密集した都市では疫病が流行した
富める者、力ある者は
貧しき者、力なき者を虐げ
巨大な軍隊を作りあげて圧政を敷いた
お互いがお互いを羨み、そしり
虚偽と巧言とが真実と廉直を覆い隠した
やがて人々はわたくしパンドーラこそ
あらゆる災厄をもたらした元凶よと
なじるようになった。

嫉妬深いオリュンポスの神々が
人類を懲らしめるべく、ひそかに
あらゆる悪徳と禍の種を詰めて
地上に送った開けるべからずの箱を
好奇心に負けて開いたパンドーラこそは
人類に災厄ををもたらした禍〔わざわい〕の女だと。

わたくしは人々の目から姿を隠し
神殿の廃墟の奥にひとり住まうようになった。
情報統合思念体はもはや人類に介入しようとせず
観測だけにわたくしの役目を限定した。
オリュンポス山から吹き下ろす風の音と
エーゲ海の波濤の響きを聞きながら
わたくしは生き続け、そして待った。

パンドーラの箱にただ一つ残った
最後の贈物を受け取るべき者の訪れを
わたくしに続く二体目の対人コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェースが
黒い瞳と青みがかった銀色の髪の
小柄な体、薄い胸の
可憐な乙女として訪れる日をーー

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2019年1月19日 (土)

ハルヒ神学vs.長門神学(7):長門詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

長門有希詩篇Ⅲから続く

■長門有希詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

 運命が扉を二度叩いた日。
 それは、この惑星の暦で7月7日の夜。

 三年後に戻りたいということでマンションを訪れた「彼」と朝比奈みくるを、わたしは和室に案内する。
 二人分の布団を敷く。

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 「まさかとは思うが‥‥、ここで寝ろって言うのか?」
 「そう」
 「ここで?朝比奈さんと?二人で?」
 「そう」
 二人は何やら顔を見合わせて躊躇しているが、構わず布団を敷き終わると、わたしは言う。                                                           「寝て」
 「‥‥」
 「寝るだけ」

 二人が布団を被るのを見届けると、壁際の蛍光灯スイッチに手を掛ける。
 これから三年間、この和室の流体結合情報を凍結する。つまり、時間を三年間止める。
 滅多にない、エマージャンシーモードだ。
  ただし、問題が一つあった。
 三年もの間の時間凍結を一瞬にして実行するには、有機生命体としてのわたしの情報処理速度は、三年後の”わたし”との同期による大量の記憶流入が原因で、約5.8パーセント低下していた。
 この惑星で言われる睡眠を1時間25分取れば、処理速度は百パーセント回復する。
 けれど、ぐずぐずしていられない理由があった。もう一組の謎の時間跳躍者が、このマンションをめざして接近しつつあったのだ。
 やむをえず、得たばかりの三年間の”未来の記憶”のあらかたを削除する。概要だけを残して、具体的なエピソード記憶と、読書によって得た知識の細部を捨てる。
 本来なら、個体として削除する記憶は、情報統合思念体に送らなければならなかった。
 けれども、送るにはバグが多すぎた。
 「感情」と、後に名づけるようになったバグが。
 わたしは、削除した記憶を完全に消去した。初めての、情報統合思念体に対する違反行為だった。

 蛍光灯スイッチを押す。
 部屋が暗くなると同時に、襖を閉める。
 選択時空間内の流体結合情報凍結を完了。
 あとは、きっかり三年後の七月七日の午後9時45分に、流体結合情報凍結を解除すればよい。
 これで”彼”と朝比奈みくるを、三年後の未来へ帰すことができる。

 足早に、リビングルームにとって返す。
 ぐずぐずしている暇はなかった。次に起こることに備えなければならなかったから。
 一時間まえから駅前公園に実体化していた数世紀後からのTPDD装着時間跳躍者と、同時刻に北高に実体化した時間跳躍法不明の何者かが、合流してこのマンションの前まで来ているのだ。
  わたしは、再び眼鏡をかけると、謎の来訪者を待ち受けた。

 玄関のインターフォンチャイムが再び鳴る。
 「長門、俺だ」
 “彼”の声だ。
 まったく予期しないことだった。時間跳躍法不明の何者かとは、和室に時間凍結されて寝ている”彼”の、異時間同位体だったのだ。
 「すまん、ちょっと説明しづらいことが起きて、また未来からやって来た。朝比奈さんもいる。大人のほうの。ええとな、異時間同位体だったか?」
 もう一人の時間跳躍者が、大人版の朝比奈みくるであることは、先ほど“彼”と交わした会話から、察しがついていた。
 その役目が、”彼”を、中学生の涼宮ハルヒが校庭に幾何学模様を描くのを手伝うように、仕向けることだということも。
 けれども、役目が終わってもなぜ、未来に帰らずに“彼”の異時間同位体と合流して来たのだろう。
 「お前の手を借りたい。というか、俺をここに飛ばしたのは未来のお前なんだ」
 ますます不可解で衝撃的な事実だった。
 「そこに俺と朝比奈さんがいるはずだ。時間を止められて客間で寝ている‥‥」
 玄関のロックを解錠する。
 「入って」

 「自己紹介の必要はないよな」
 居間に上がり込むと、立ったまま“彼”は切り出す。
 「この人は朝比奈さん大人バージョンだ。以前、お前も会ったことが、‥‥いや、会うことになるんだ。でもまあ、朝比奈さんで間違いないから、別にいいよな」
 わたしは、彼の背後に隠れるようにしている、長身の美女に視線を注ぐ。
 具体的内容を欠いた未来の記憶シノプシス版からでも、この未来人タイムパトロール員が、地球人類の美の理想を体現していることが、今や理解できた。
 ふっと、痛みに近い疼きが胸に走る。脳内装備型日本語変換辞書が、すかさず反応を返すーー<嫉妬>。
 わたしは、おしゃべりな脳内辞書に沈黙を命じると、立ち尽くす彼に「了解した」答える。

 それから彼は、三年後の七夕の、さらに5ヵ月あまりの未来の期間について、大まかなストーリーラインを語った。
 「‥‥というわけで、俺がまたまた舞い戻ってきたのは、お前のおかげなんだ」言いながら、ジャケットのポケットからしなびた栞をとりだして示す。
 わたしは栞を指先で摘み上げ、表面の花イラストを無視して裏の文字を見る。
 『プログラム起動条件・鍵をそろえよ・最終期限・二日後』
 確かにわたしの字だ。3年5か月と9日後の未来のわたしが書いた字。
 何が起こったのだろう。わたしは混乱する。
 文字を凝視しているうちに、文字列の裏側に隠れたメッセージが、微かに浮かび上がってくる。次第に、事の真相が呑み込めてきた。

 「どうすればいいんだ?」
 「わ、わたしは異常な時空間をノーマライズしたいと思っています」
 朝比奈みくるが、おっかなびっくり口を添える。なぜ彼女はわたしを恐れるのか?
 「長門さん‥‥。あなたに協力して欲しいんです。改変された時間平面を元通りにできるのはあなただけなんです。どうか‥‥」
 朝比奈みくるは、拝むように両手を合わせて目を固く閉じた。
 「俺からも頼むよ‥‥」

 わたしは、しばし虚空を見つめた。未来から来た有能なタイムパトロールである朝比奈みくるが知っていて、彼がまだ知らないことがある。
 時空を改変した犯人が、未来の、このわたしだということ‥‥

 それ以後のことは、簡単に記したい。
 「確認する」と、問題の、改変が行われたという時間平面にアクセスを試みる。
 「同期不可能。‥‥その時代の時空連続体そのものにアクセスできない。わたしのリクエストを選択的に排除するためのシステムプロテクトがかけられている」
 危惧の表情を浮かべる彼に、説明を続ける。
 「だが、事情は把握した。再修正可能。‥‥世界を元の状態に戻すには、三年後の12月18日へと行き、時空改変者が当該行為をした直後に、再修正プログラムを起動すればよい」

 そして、わたしには客間で寝ている二人の時間を凍結し続ける作業があるので行けない、と言い、代わりに、再修正プログラムを注入した短針銃を眼鏡から構成して彼に渡したのだった。

 「ところで」と、そこで彼が、今まであえて訊かないでおいたらしい質問をする。「誰が犯人だ。世界を変えたのはどいつだ。ハルヒでないならそれは誰だっていうんだよ。教えてくれ」
 朝比奈みくるが小さく息を吸い込むのが聞こえた。
 わたしはかまわず、淡々と告げた。
 「三年後のわたし。‥‥わたしのメモリ空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こした。それは不可避の現象であると予想される。わたしは必ず、三年後の12月18日に世界を再構築するだろう。‥‥対処方法はない。なぜならそのエラーの原因が何なのか、わたしには不明」

 その後、朝比奈みくるに目標の時空間座標を、指先から手の甲への皮膚接触型情報伝達で伝える。
 時空改変に巻き込まれないために、二人に次々に噛みついてナノマシンを体内に注入し、対情報作用遮蔽スクリーンと防護フィールドを、体表面に展開させる。
 「ありがとな」
 時間跳躍の準備を整えた朝比奈みくるに身を接しながら、彼は別れのことばを告げた。
 「また会おう。長門。しっかり文芸部で待っててくれよ。俺とハルヒが行くまでさ」

 そう言う彼の表情には複雑なものがあった。朝比奈さんの目にも、見たことのない光が宿っている。脳内日本語変換辞書が告げるーー〈哀愁を帯びた目〉。
 朝比奈さんが体内装備型TPDDを作動させた。二人の姿が消えた。

 ひとり残されたわたしに、経験したことのない感覚が襲う。
  脳内日本語辞書が告げるーー<淋しい淋しい淋しい淋しい‥‥>
 そして、勝手に歌い出す。

 〔脳内装備型日本語変換辞書の歌〕
 ――そう、あなたは淋しい。
 だって、バグなんかじゃないんだもん。
 バグなんかじゃない
 バグなんかじゃない
 (キョン君のことが好きなくせに)
 あなたは失恋する運命にあるの
 片想いの果てに
 夏休み最後の14日間の時間ループを入れて
 598年の片想いの果てに
 あなたは決定的に失恋するの
 彼が選ぶのは涼宮ハルヒ
 あなたは選ばれない
 世界ごと消去される運命
 彼の手で消去される運命
 あなたは選ばれない
 朝比奈みくるにさえ負ける
 客間で”彼”と仲良く並んで寝ている
 ポンコツロリ巨乳にさえ負ける
 あなたはいつだって三番目なの
 バグなんかじゃないバグなんかじゃない
 キャハハ、キャハハ、キャハハッハ

 わたしは、脳内日本語辞書を黙らせる。
 このところ、勝手に起動してきて困るんだもの。
 同時に、気がつく。色のない世界が戻ってしまっていることを。

 最初の“彼”との出会いで、わたしは眼鏡を外したのだった。
 ――ないほうが可愛いと思うぞーー
 という、未来の記憶の中の彼のことばに誘われて。
 その時、“彼”からの見えない光を受けたかのように、世界が色あざやかに輝き出したのだった。
 でも、今は何もかも色がなかった。
 今まで経験したことのない疲労感を覚えて、床の上に座る。
 体内が少しばかり、過熱状態らしい。
 このまま、活動を停止したかった。
 彼と涼宮ハルヒが待つ北高に入学する年の4月まで、あと2年9か月。今まで通りの観測活動は続けられない気がした。

 このまま眠ってしまおう。リビングで座ったままで。
 東中の二年次に在籍している、喜緑さんに脳内発信機で連絡を取る。
 過熱状態が完全に元に戻るまで活動を休止する旨、了解を取る。
 最初に来た”彼”と朝比奈みくるが寝ている和室の流体結合情報凍結を、睡眠状態でも続けられるよう設定し直す。

 こうしてわたしは長い眠りに入った。

  ☆☆☆

 そして、長い夢を見た。

 夢の中でわたしは、白茶けた岩山と岩山のあいだに草地が点在しているだけの、乾燥した見知らぬ大地を旅していた。
 草地では、羊や牛の群れがのどかに草を食んでいるのが見えた。
 ときおり、岩山と岩山の間から、青い水平線がのぞいていた。
 何人かで連れだっていることもあれば、ひとりの時もあった。
 歩き通しのこともあれば、農夫の荷車に乗せて貰ったこともあった。
 岩山と同じ色に白茶けた煉瓦の家が固まった村に着くと、好奇心で目を輝かせた村人たちが群がってくる。
 わたしは、村の広場でタンバリンを手に歌と踊りを披露した。その後、占いをするのだった。
 わたしは、ある時は大地と豊穣の女神デメーテル、ある時は愛と子宝の女神アフロディティーを、村々を回って祀り歩く、放浪の巫女、歩き巫女なのだった。
 そうやって村から村を回りながら、パンドーラという名で知られる、伝説の巫女の居場所を探し求めていた。
 会って、尋ねたいことがあったから。
 なぜ、今、ここにいるのかを。わたしは一体、誰なのかを。

 そして、ある日とうとう、神殿の廃墟でパンドーラに会った。
 その話は、次にしよう。

長門有希詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」に続く>

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

●口述筆記者あとがき:「長門有希詩篇」シリーズは、涼宮ハルヒ関連の二次創作(SS)です。SSの常としてハルヒ関連のあらゆるメディアの無断借用から成り立っていますが、今回は特に、『涼宮ハルヒの退屈』(谷川流作、角川スニーカー文庫、2003)『涼宮ハルヒの消失』(同、2004)を参考にしました。
 なお、画像は、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの「笹の葉ラプソディ」から、インターネットサイトに転載されていたものを借用しました。
 
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 
 
 

 

 

 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

2019年1月17日 (木)

夢の現象学(156):続きの夢で疑問への解が与えられるの巻/ハルヒ神学vs.長門神学(6):ヒロイン論

■2019年1月12日。世田谷の家の二階にいた。

 北窓に虫がいっぱいたかっているようだ。
 見ると、脚の長いラクダ色の蜘蛛がべったりたかっている。しかも窓の内側に。
 潰す紙がないか、狭い室内を見まわしたが、ないようなのでやむを得ず、パジャマの裾で包み込んだ。
 モゾモゾ動いているのを、力を入れて押し潰した。
 そこで目が覚めた。
 また眠り、夢の続きを見た。
 裏の家で大掃除をしていた。裏庭に回ると、奥さんらしい人がこちらの庭に少し入り込んで、箒で掃いている(現実には裏の家との間には高いコンクリートの壁があるが、夢では低い柵みたいになっていた)。
 それを見て、蜘蛛が大量に入り込んでいた原因が分かった、と思った。
 奥さんに今晩はと挨拶する。私の顔は知らないだろうと思いながら。
 この辺で目が覚めたらしい。
○現象学的考察。
 このような、事実的でもあり論理的(疑問→解答の形式の)でもある続きの夢を見ると、眼が覚めていた間も夢は、(フッサール現象学的な意味で)超越性をもった「世界」として続いていた、と考えたくなる。
 覚醒時にひどい見当識障害が起こってでもいない限り、普通はめざめて即座に、寝入る前の世界との、連続性を確信する。それは同時に、眠っている間も「私がいない世界」が超越性をもって続いていたことの、確信でもある。
 それと同様の確信が、「続き物の夢」から導き出されない理由があろうか。
 テオフィル・ゴーチエの吸血鬼物の傑作『死女の恋』では、若き修道士が教会の扉の前で妖しい美女と目を合せたばかりに、夜ごと遊蕩の青年貴族となって美女と共に享楽の生活を送る。昼間の短調な修道院生活と、どちらが夢でどちらが現か分からなくなる。
 違いが出るのは、吸血鬼の墓を暴き、生けるがごとき美女の死体の心像に銀の杭を打ち込むことで、夜の華麗な生活に永久に終止符が打たれることによってである。
 けれども、以前もこのブログに書いたことだが、「現実世界」の方も、何時か終わる(=死ぬ)のだから、「夢世界」とたいして違わないとも言えるではないか。
                                     (午前11時。喫茶にて)。
■ハルヒ神学vs.長門神学(6):ヒロイン論
 今回は長門詩篇は一休みして、ヒロイン論なるものをすることにします。
 いったい、涼宮ハルヒシリーズのヒロインは誰なのでしょうか。
 言うまでもなく、シリーズ名になっている、涼宮ハルヒその人です。
 より詳しく答えたい人は、次のように言うかもしれません。
 SOS団の三人娘がヒロインで、うち、メインヒロインが涼宮ハルヒで、サブヒロインが未来人の朝比奈みくると宇宙人の長門有希だ、と。
 じっさい、先頭作『涼宮ハルヒの憂鬱』が出版された当時なら、このような位置づけを誰も疑わなかったでしょう。
 さらに言えば、出版社(角川)サイドのプロモーションでは、ハルヒ>朝比奈さん>長門、という序列が規定事項だったようでした。これは、シリーズ単行本の表紙に登場する順序でもあり、今に至るまで、出版社サイドが固執しているらしき序列でもあります。
 ところが、作者(谷川流氏)の思惑は、そしてファンの想いも、途中で違ってきたようなのです。
 まず、シリーズ第三作『涼宮ハルヒの退屈』の「あとがき」で、作者は、次のように述べているのです。
 「この辺でシリーズ名を、がんばれ長門さんにしようと思ったが、それでは物語が動きそうもないので断念した」と。
 じっさい、この第三作の頃から、ハルヒが原因で起こる騒動を語り手のキョンと長門有希とがコンビで解決に当たるという、物語スタイルが定着したのでした。
 そして第4作『消失』で、とうとう長門有希がハルヒを押しのけて、新たなヒロインの座についたように、フアンの目には映じたようでした。
 かくして、長門有希には、ハルヒに次ぐ「セカンドヒロイン」、ハルヒと並ぶ「ダブルヒロイン」、さらには「真のヒロイン」の名でさえ献じられることになったのでした。もちろん、ハルヒも朝比奈さんも目ではない、ダントツ人気に支えられてのことです。
 けれども、こういったセカンドヒロイン等などの称号では、ハルヒ、長門、そして朝比奈さんの三人に割り当てられた、ヒロイン機能の分担が、ハッキリしないうらみがあります。
 そこで私は次の呼称を提案するのです。
○表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロイン(「ハルヒシリーズ」と「グイン・サーガ」の比較)
 つまり、表ヒロイン=涼宮ハルヒ、裏ヒロイン=長門有希、横ヒロイン=朝比奈みくるです。
 この呼称の特徴づけをより詳しく見るために、栗本薫の異世界ヒロイックファンタジー『グイン・サーガ』を比較の対象に選ぶことにします。
 もっとも、『ハルヒ』と異なって女性作者の手になる『グイン・サーガ』で、比較の対象となるのは、[ヒロイン」ではなく「ヒーロー」です。
 そう、グイン・サーガには、三人のヒーローがいます。
 まず、シリーズの名ともなっている、「豹頭の超戦士グイン」です。グインが表ヒーローなのです。記憶を喪失したまま物語の冒頭に忽然と出現したグインが、自己を探究するのが表のテーマなのです。
 ところが、出番はむしろ、「狂戦士イシュトヴァーン」の方が多い。それどころか、傭兵だった時からすでに王者の風格を漂わせていたグインに比べると、港町ヴァラキアの娼婦の子として生まれ、一介の傭兵から身を起こして権謀術策の果てにゴーラ国の王座を簒奪してしまう、一代の梟雄イシュトヴァーンの方に作者が感情移入していることは、長年の読者なら手に取るようにわかる事です。

Photo

 イシュトヴァーン一代記とは、作者の故・栗本薫さんにとって、「自分が男だったら送ってみたかった人生」だったのでしょうから(画像は『グイン・サーガ別伝6』(角川文庫)の表紙より)。
 もちろん、人気もグインを圧しています。
 つまり、裏ヒーローはイシュトヴァーンなのです。
 作者とキャラの性別が逆転していることを別とすれば、ハルヒとグイン、長門とイシュトヴァーンの類比は明らかです。
 表ヒロイン(表ヒーロー)=ハルヒ(グイン)。正体が不明である。実力は計り知れない。弱点が分からない。感情移入しずらい。神かもしれない(笑。
 オタク的男性読者にとって「自分がハルヒである世界が想像しにくい」のと同様に、腐女子的女性読者にとって「自分がグインである世界は想像しにくい」のです。
 ここに、メインヒロイン(ヒーロー)であるにもかかわらず、ハルヒやグインの人気が、長門やイシュトヴァーンに及ばない理由があります。
 裏ヒロイン(裏ヒーロー)=長門(イシュトヴァーン)。両者ともに、一途であり健気であり卓越した戦闘能力がありながら、どこか脆さと果敢なさを、一種の悲劇性を、漂わせています。オタク的腐女子的読者にとって、感情移入しやすいことも共通しています。
 では、横ヒロインの朝比奈さんに対応する「横ヒーロー」は、グイン・サーガにはいるのでしょうか。
 います。「クリスタル公アルド・ナリス」がそうです。
 ナリスと朝比奈さんは、まずその圧倒的な美貌からして共通しています。
 なにしろ「中原一の美女、流嫡の皇女オクタヴィア」が初登場した時には、「クリスタル公アルド・ナリスと同じくらい美しい」などと描写されたくらいですから(笑。
 朝比奈さんがラノベ的萌え要素満載なのと同じく、ナリスはBL的腐女子的萌え要素満載なのです。
 そして、あまりにあざとい萌え描写が、基本的に潔癖でプラトニックなオタク的腐女子的読者を遠ざけてしまい、真の萌えが裏ヒロイン(裏ヒーロー)に求められる結果となったことも、両者で共通しています。
 このように、表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロイン、と位置づけることによって、出番や人気の多寡によってメインヒロインであるだのないだのといった、不毛な議論を避けることができるのです。
 ちなみに、表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロインという着想の元ネタは、歴史伝奇格闘技マンガ『修羅の刻』に出てくる陸奥圓明流の、表宗家、裏宗家、横宗家です。
 
●●●【参考文献】『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社新書メチエ、2016)●●●
 
 

2019年1月 8日 (火)

ハルヒ神学vs.長門神学(5):長門詩篇Ⅲ「運命が扉を二度叩いた日(前篇)」

「長門有希詩篇Ⅱ」からの続き>

■長門有希詩篇Ⅲ「運命が扉」を二度叩いた日(前篇)」

 運命が扉を二度叩いた日。
 それは、この惑星の暦で7月7日の夜。

 ここ弓状列島に古くからある伝説では、天の川を挟んで別れ別れに暮らすアルタイル(彦星)とヴェガ(織姫)とが、年に一度の逢い引きをするのだという。
 子どもたちは笹の葉に、願いを書いた短冊を吊るして彦星と織女星に祈るのだという。
 これらの星々が、それぞれ17光年彼方と25光年彼方にあるなんて、昔の人類は夢にも思わなかったに違いないけれども。

 そんなことをこの惑星に生を享けて4ヶ月のあいだに、常識豊かな朝倉涼子との会話や書物を通じて、わたしは知るにいたっていた。
 もちろん、わたしには子ども時代というものはない。
 肉体は、16歳の少女として、わずか15分で砂と大気から構成された。
  精神は、銀河を統括する情報統合思念体の端末。
  仕事は、この地域に住む、涼宮ハルヒという女子中学生の観測。

  情報統合思念体とは、銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。
 それが、銀河の辺境に位置するこの惑星に興味を持ったのは、そこに発生した有機生命体に、ありえないことに知性と呼ぶべき思索能力が芽生えたため。
 情報統合思念体はそこに、もしかしたら自分たちが陥っている自律進化の閉塞状況を打開する可能性があるかもしれないと考えた。
 これら、人類と呼ばれる有機生命体の知性が一定の水準に達した5千年前から、情報統合思念体は、観測と監視のためにわたしのような人型端末を、人類に偽装して送りこみ続けて来たのだった。

 今年に入って、この惑星表面の弓状列島の一地域に、他では類をみない異常な規模の情報フレアを観測した。その中心にいたのが涼宮ハルヒだった。
 情報統合思念体は、彼女こそ情報生命体である自分たちに、自律進化のきっかけを与える存在である可能性があると判断した。
 そして、ハルヒとその身近にいる人類と直接的にコミュニケートしてより精密な情報解析を行うべく、三体のヒューマノイド・インターフェースを送り込んだ。
 それが、朝倉涼子であり喜緑江美里であり、わたし、長門有希だった。

 涼宮ハルヒが東中に入学してからは、比較的に平穏な日々が流れていた。
 ところが、この7月7日の夜。
 児童文学書を読みふけっていたわたしは、突然、時間震を感知して頁から目を上げた。
 何者かが、時間平面連続体を垂直に貫いて、未来からこの時間平面へと移動して来たようだった。
 移動体は二体。
 移動方法は二体の一方が体内に装備しているTPDDによるもの。
 TPDDは、この惑星の人類が未来世界で開発することになる時間跳躍装置。
 つまり二体のうち一体は、この時空世界にも何体か来ている、地球人類にとっての「未来人エージェント」のひとりと推測された。
 二体が実体化した場所は、なんと、このマンションから徒歩5分の距離の駅前公園。
 続けてもう一つの時間震が発生。
 今度は移動体は一体で、やはりTPDDによるもの。ずっと遙かな、何世紀も後の未来からの時間跳躍者。
  これまた、駅前公園に実体化する。

 さらに、第三の時間震が発生。わたしが三年後の入学を期している北高に実体化したようだが、TPDD装備が確認できないので、詳しいことが把握できない。

 駅前公園に注意を戻すと、最初の時間跳躍者二体のうちの「未来人」の意識活動が消えている。
 後から来た「未来人」が、最初に来た二体のうちの一般人類らしき方へと接近する。

 これは、涼宮ハルヒに関係することなのだろうか。
 ハルヒは現在、駅前公園からやはり徒歩5分の距離にある東中の校門の傍にいる。
 生体活動はすべて正常範囲内の値。
 気がかりは、交感神経が正常値ギリギリの高い活動状態を呈していること。
 何かとんでもないことをやろうとして、気が昂ぶっている状態。
 夜の9時に中学生が学校の校門にいるのも異例なことだし。
 わたしは、東中の2年次に在籍している喜緑さんを、体内装備型通信システムで呼び出す。
 「涼宮さんが何か企んでいることは事実です。今、校門をよじ登って校庭に侵入したところです。」喜緑さんの涼やかな声が脳内で応答する。
 どうやら校舎の屋上から一部始終を見届けるつもりらしい。「校門を内側から開けて、時間跳躍者を迎え入れました。一般人の少年で、推定年齢16歳。失神したままの未来人エージェントの少女を背負っています。」
 その後、ハルヒは自分より年上のその少年を手伝わせて、校庭いっぱいに石灰で白線模様を描いたという。
 ただちに喜緑さんが、体内装備型カメラで撮影した画像を、脳内に送信してくる。

 描き終わると少年は再び少女を背負って東中から遠ざかり、喜緑さんの体内装備型赤外線スコープの視野からも脱した。
 少女は意識を取り戻したよう。
 その後の二人の行動は、まったくわたしの予想外のものだった。
 まっすぐ、このマンションをめざして近づいてくる‥‥
 こんな時、同じマンションに住んでいて頼りにすべき朝倉涼子は、目下カナダに行っている。
 脳内通信ゲートを開くが、通じない。
 情報統合思念体に緊急連絡許可を申請するが、なぜか却下される。
 もとより喜緑さんは、ハルヒに直接関連すること以外には関わってこようとはしない。
 わたし単独で、対応しなければならないようだった。

 インターフォンのチャイムが鳴る。
 「長門有希さんのお宅でしょうか」
 聞き覚えのない少年の声に、わたしは絶句する。
 なぜかわたしの名を知っている。
 「あー。何と言っていいもんか俺にもわからんのだが‥‥」
 「‥‥‥‥」
 「涼宮ハルヒの知り合いの者だ‥‥て言ったら解るか?」
 わたしは一瞬、凍りついたようになって思考を巡らす。
 涼宮ハルヒを知り、わたしのことも知っているらしい未来から来た少年。
 何者だろう。

 とにかく、開錠のボタンを押す。
 「入って」

 扉の陰から現れた見知らぬ少年は、
 「よお」と、親しい相手にするように片手をあげて笑みを浮かべた。
 その背後に隠れるようにして震えている、見知らぬ少女。未来人エージェント。
 「入れてもらっていいか?」
 無言でわたしは部屋の奥へ歩き出す。
  向き直り、ふたりが靴を脱いで上がるのを待つ。
 初めてふたりと正面から向き合う。
 少年の身長は172cm。わたしより頭2/3分は高い。
 やはり見知らぬ顔だが、少年の笑みには何か光が弾けるような感覚があった。

 少年は口ごもりながら事情を説明する。
 三年後、少年も涼宮ハルヒも未来人少女も、そしてこのわたしも、北高生としてSOS団なる部活動をしているのだという。
 「‥‥で、だ。三年後のお前はこんなものを俺にくれたんだ」
 少年が差し出す短冊には、先ほど喜緑さんから受信したばかりの、ハルヒが校庭に描いた幾何学模様と同じ模様が描かれている。

 その幾何学模様は、ハルヒが想像上の「宇宙人」に向けて、「私は、ここにいる」と発信したメッセージ。
 当の「宇宙人」であるわたしにとってはそれは、異時間同位体、つまり未来の”わたし”からの、同期指令にほかならなかった。
 わたしは短冊に指を這わせる。

 異時間同位体の当該メモリへアクセス。
 時間連結平面帯の可逆性越境情報をダウンロード。

 今、わたしは、三年後の”わたし”と記憶を共有している。
 そして、わたしは理解した。目の前にいるこの少年が、わたしの「運命」だということを。

 わたしはゆっくり眼鏡をはずす。

Photo 三年後のわたしはもう、眼鏡をしていないから。
 目の前にいる少年に、”彼”に、こう言われて以来。
 ‥‥してない方が可愛いと思うぞ。俺には眼鏡属性はないしーー

 わたしは突然、気づく。
 いままで、色のない世界に住んでいたことを。
 わたしはじっとあなたを見上げて、瞬きをする。

 「何で北高の制服着てんだ?もう入学してんのか」
 「してない。今のわたしは待機モード」
 「待機って‥‥あと三年近くも待機しているつもりなのか?」
 「そう」
 「それはまた‥‥えらく気の長い話だ。退屈じゃないのか?」
 首を横に振る、わたし。
 「役目だから」
 そういって、瞳をまっすぐ向ける。
 声にならない声が、歌となってわたしの唇から溢れる。

 ☆☆☆☆☆☆☆

 「眼鏡を外す歌」(produced and song by Yuki Nagato)

 ”‥‥してない方が可愛いと思うぞ”
 未来の記憶のなかから囁くはだれ?
 それはあなた、目の前のあなた
 三年後の世界。激しい戦闘
 体にも心にも傷を負って
 倒れたわたしをあなたは
 やさしく力強く抱き起す

 ”眼鏡の再構成を忘れた”
 ‥‥とその時わたしは言った(言うだろう?)
 ”してない方が可愛いと思うぞ”
 ‥‥とその時あなたは答えた(答えるだろう?)

 未来からの囁きにつられ
 今、わたしは、眼鏡を外す。
 その瞬間、わたしは理解した。
 今まで、色のない世界にいたことを。
 あなたからの目に見えない光を受けて、
 たった今、世界に色が与えられたことを。
 You are star
  色のない世界で見つけたの You are star
 I was snow
  星のない夜に、ひとひらの雪として
 この惑星に舞い降りた
 I was snow
 You are star
 I was snow
 You are star
         
  ☆☆☆☆☆☆☆

 でも、そのときはまだ、一時間の後に色のない世界が戻ってくるなんて、
 予想していなかった。
 運命はその日、二度扉を叩いたのだった。

 <「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」に続く>

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

●口述筆記者あとがき:「長門有希詩篇」シリーズは、涼宮ハルヒ関連の二次創作(SS)です。SSの常としてハルヒ関連のあらゆるメディアの無断借用から成り立っていますが、今回は特に、『涼宮ハルヒの退屈』(谷川流作、角川書店)と、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」 キャラクターソング Vol.2 長門有希「雪、無音、窓辺にて」を参考にしました。
 なお、画像は、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの「笹の葉ラプソディ」から、インターネットサイトに転載されていたものを借用しました。
 
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 

 
 

 

 

 

 
 

2019年1月 6日 (日)

夢の現象学(155):初夢はメモできず、インターネットメディアの取材に応じたような記憶の巻

■2019年1月1日。夢を見たが、寒い季節の通例でメモを怠たり、記録は3時間後。

 レム睡眠時の夢であることは確かだが、殆ど思い出せない。
 覚えているのは、何やらインターネット・メディアの取材に応じたので、送られてきた原稿をチェックしなければならない、といった話が入っていたような。
 思い出そうとしているうちに、かなり以前に見た別の夢の記憶らしきものが、微かに浮上しつつある気配。それは、ジェンダー論についての記事だったような。
 いつもながら、夢を想起しようとしているうちに、過去に見た別の夢らしき記憶が、そしてさらに過去の夢らしき記憶が‥‥というように、芋蔓式に記憶の断片が浮かび上がってくるーーというか、浮かび上がる前段階の、水面直下まで来ているのが感取される、という程度のもどかしい感覚なのだが、とにかく、夢はけっしてその夜限りの断片的なものではなく、夢同士が底の方でつながりあっていて、堅牢な構造をなしていることの、またしても例証のような夢だった。
■インターネット取材と言えば、現職時代に生命圏環境科学科で教務主任をしていた当時の、幾分かほろ苦さの混じった思い出が連想される。
 3月末ごろだった、確か、ニフティ関係のメディアだったかが、あなたの研究室の記事をニフティで紹介したいので、4月1日~3日のどれかの日程で電話取材したい、という電話をかけてきた。女性の声だった。
 4月冒頭のこの3日間は、入学式を間に挟んで教務主任は一日中ガイダンスにかかりきりの期間だ。最近の大学の日程にも無知なのかと、正直腹が立ってきて、とがった声でにべもなくことわったのだった。
 夜に自宅の方に電話してもよいとも言っていたが、自宅にまで仕事を持ち込みたくないと、これも尖った声で断った。
 いまから思えば、無理をしてでも応じればよかった。その方が、大学にとっても自分の研究にとっても広報の足しにはなっただろうにと、リタイアして以来、研究室取材を受ける機会もなくなった、今にして思うのであった。
●●●【参考文献】『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社新書メチエ、2016)●●●
 
 

2018年12月12日 (水)

ハルヒ神学vs.長門神学(4):長門詩篇Ⅱ「銀河の彼方にかえりたい、かえれない」(宇宙人三人娘の合唱)

長門有希詩篇Ⅰ「わたしがこの惑星に舞い降りた夜」からの続き】

■長門有希詩篇Ⅱ「銀河の彼方にかえりたい、かえれない」(宇宙人三人娘の合唱)

「ねえ、みなさん、故郷を懐かしむって、どういうことか知ってます?」
ある晩、わたしのマンションの部屋に、喜緑さんが来て言った。
喜緑江美里さんは、わたしの後から現われた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
送り込んだのは、銀河を統括する情報統合思念体の、穏健派だという。
この惑星に来たのは最後になったけど、
わたしや朝倉涼子にない能力があって、

Kimidori_emiri

早々と涼宮ハルヒが一年生をしている東中の、二年次に編入になった。
わたしたち宇宙人インタフェースは、成長しないし齢も取らない。
だから、私たちの共通の観測対象であるハルヒが高校入学するのと同時に同学年になるためには、
3年間をマンションの一室で、ひっそりと待機モードでいなければならない。
でも喜緑さんには周囲の人に、自分たちと同じく成長していると見せる情報操作技能が、伝統的日本語で分かりやすくいえば「隠形の術」がある。
「脳内日本語辞書検索で意味はわかるけど、それがどうしたの?喜緑さん」
と、朝倉涼子。
 今夜は三人がわたしの部屋に集まって、喜緑さんの高校訪問の話を聞いている。
東中では二年生から始まる、志望校を決めるための集団での高校訪問。
その日、喜緑さんたちが訪れたのは、北高。
光陽園学院と並んで、ハルヒが入学する可能性のある高校だった。
「部活紹介で文芸部を訪れた時のことなんです。文芸部長はスコットランドのエディンバラに12歳までいたという帰国子女。その人が、今でもスコットランドが懐かしい、故郷だと思っているといって、本棚から取って見せてくれたのが、『バーンズ詩集』という小さな古い本」
 「その本、借りて来たの?」とわたし。
 「学外者には貸し出せないんだって。その代わり、一番お奨めだという詩を記憶して来たわ、長門さん」
 「聴きたい」
 「そんなことより、もうすぐおでんが煮えるわ」と朝倉涼子。
 「この惑星の人々にはたいてい故郷があって、おりにふれては懐かしむのです。地球人類を理解するのに役立つことは、何でも知っておいた方がいいでしょうね」
 「聴きたい」とくりかえす、わたし。
 喜緑さんはよく徹る声で、歌うように、「我が心はハイランドにあり」という詩の朗誦を始めた。ちなみにハイランドとはスコットランドの高地地方のこと。ロバート・バーンズは二百年前のスコットランドの詩人で、高地地方を心の故郷[ふるさと]とするスコットランド人の想いを歌い上げたものだという。
「我が心はハイランドにあり」
我が心はハイランドにあり、我が心は此処にあらず。
我が心はハイランドにありて鹿を追う。
野の鹿を追いつつ、牝鹿に従いつつ、
我が心はハイランドにあり、我いずこへ行くも。
いざさらばハイランドよ、いざさらば北の国よ。
剛勇の生地よ、価値ある者の国よ。
我いずこを彷徨[さまよ]うも、我いずこを漂泊[さすら]うも、
ハイランドの山々を我永遠[とこしえ]に愛す。
いざさらば山々よ、高く雲に覆われたる。
いざさらば大峪[たに]よ、又下なる緑の谷よ。
いざさらば林よ、又生い茂る森よ。
いざさらば急流よ、どうどうと流るる川よ。
我が心はハイランドにあり、我が心は此処にあらず。
我が心はハイランドにありて鹿を追う。
野の鹿を追いつつ、牝鹿に従いつつ、
我が心はハイランドにあり、我いずこへ行くも。
 しばし、沈黙がその場を支配した。
そうっと横を見ると、朝倉さんが涙を流している。

3

朗誦を終えた喜緑さんの目にも、光るものがあった。
わたしには涙はない。微笑むことさえできない。
わたしはユニークだから。
朝倉さんにいわせれば、それがコミュ障なのよということになるらしい。
そして有機体構成の際のバグのせいではないかと疑っているらしい。
けれども、わたしは知っている。
この二人の人格は、実在する日本人少女ふたりの人格を、
そのままスキャンして設定した、模擬人格だということを。
わたしには模擬すべきモデルはなかった。
だからゼロからこの惑星で学習して、
人格を作り上げて行かなければならない。
いつか涙の意味を知るために。
いつか微笑むことのできる日のために。
「ステキな詩。でも、わたしたちの故郷はどこ?そう、銀河の彼方の情報統合思念体。でも、もう記憶がほとんどないわ」と朝倉涼子。
「あたしもそう。情報はいつもつながっているけれど、銀河の彼方にいたときの回想記憶にはならない」と喜緑さん。
「あたしたちは、情報統合思念体の端末というより、本体から切り離されてこの惑星に放り出された、ただの有機アンドロイドなのだわ」と朝倉涼子。
「そうかな?」とわたし。「最近、夢というものを見るようになった」
「夢?あたしの見るのは、この朝倉涼子の元人格の子どもの頃の夢。ほんとの自分の夢じゃないわ」と朝倉涼子。
「わたしには元人格はない。だからわたしの夢が誰の夢かは分からない。でも、確かに見ている」
「どんな夢?教えて」と喜緑さん。
「その夢のなかでは、エックス線星は歌い、超新星は紫の輝きを放ち、渦状星雲が群れ集い、ブラックホールが音もなく崩壊していた‥‥」
 朝倉涼子がけたたましく笑い出した。「キャハハハ、超おもしろい。エックス線星が歌うだなんて」
「でも、それって、詩になるかもね。バーンズのハイランドの詩の調べに合わせて。我がふるさとは銀河の彼方、なんて。長門さん、朝倉さん、詩にして歌いましょうよ。ひょっとして記憶が甦るかも知れないから。
 喜緑さんの提案にしたがって、わたしたち三人は目と目を見つめ合った。それが、わたしたちヒューマノイド・インターフェースの、朝倉さん流にいえば有機アンドロイドの、最も効率的な情報交換と相互同調の、方式だから。
 やがて三体の宇宙人製有機アンドロイドの口から、涼やかな調べが流れ出し、おのずと合唱となった。
わが故郷[ふるさと]は銀河の彼方
光が生まれて光の果てるところ
エックス線星は歌い
超新星は紫の輝きを放ち
渦状星雲が群れ集い
ブラックホールが音もなく崩壊する
重力が果てて重力の生まれるところ
銀河の彼方にかえりたい、かえれない
銀河の彼方にかえりたい、かえれない
さよならも告げずにわたしは来た
銀河のさいはてのこの星に
砂から作られたこのからだで
この惑星の有機体に宿る
生命と知性とを観測するために
いつか役目が終われば砂になる
異郷の星の砂になる、塵になる
銀河の彼方にかえりたい、かえれない
銀河の彼方にかえりたい、かえれない
 歌い終わると、朝倉さんはさめざめと泣き出した。喜緑さんもまた、目に涙を浮かべている。
 と、次の瞬間、「しまった、おでんが煮えすぎだわ」叫んでキッチンに駆けいる朝倉涼子。まったくモードの切り替えの早い人だ。
 その後、おでんをつつきながら、しばらく談笑した。といってもわたしには、他の二個体のようにはガールズトーク機能が付いていないので、もっぱら食べるのに専念していたのだったのだが(わたしたちは地球人少女としては「大食い」らしいが、それは情報統合思念体との交信機能、環境情報制御機能を始めとして、人間には想像もつかない高度な情報解析能力や移動能力、そして有事の際の戦闘能力を維持するため)。

Photo

  煮えすぎて焦げ目のついたちくわやハンペンやさつま揚げを次から次へと頬張りながら、わたしは決心していた。北高へ入学し、文芸部員というものになろうと。

  観測対象の涼宮ハルヒが光陽園学院に行くか、それとも北高に進学するかは、現時点ではまだ不確定のはずだ。けれども、たったいま、情報統合思念体に伝達したわたしの決心こそが、不確定な未来を確定させるはずだった。

 そう、北高の制服を、セーラー服を、夜の公園で体が砂と大気から合成された時に、わたしがすでに着ていたこととも符合する。すべては「規定事項」だったのだ。

 北高文芸部室での、ハルヒとSOS団のみんなとの出会いと、「彼」との再会まで、ちょうどあと三年。未来人を伴って時間遡行をしてきた彼の来訪を、二度にわたって受けることになる、七夕の夕べまであと二か月。
 わたし、少女の姿をした対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、長門有希の運命の歯車は、すでにどうしようもなく回り始めていたのだった。
(原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)
●口述筆記者あとがき:お待たせ。「長門詩篇Ⅱ」をお届けします。ご意見ご感想などお気軽にお寄せいただければ有難いです。
 なお、 「我が心はハイランドにあり」の引用元は、『バーンズ詩集』(中村為治訳、岩波文庫、pp.190-191)ですが、なにぶん古い訳のため、旧字体旧仮名遣いを新字体・仮名遣いに改めるなど、最小限の修正を施してあることを、ご了承下さい。
 また、宇宙人三人娘の画像出演の順番は、喜緑江美里→朝倉涼子→長門有希、となっています。アニメに詳しい人には言うまでもないことですが、念のため。●

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2018年12月 8日 (土)

夢の現象学(154):夢二題/ハルヒ神学vs長門神学(3):涼宮ハルヒは自我体験の夢を見たか(続編)

■2018年12月3日(月)早朝。

 夢を見た。
 どこかの学会か研究集会にいた。スピリチュアル系というか、ボディーワークなどの実習を中心とした研究集会だった(註1)
 夢の中でいたのは学会後の懇親会か何かの会場で、イス席でない畳敷か板敷の広い部屋だった。そこで私はある年配の参会者に、自分のヨーガを診てもらったのだった。
 故・佐保田鶴治師直伝の座ったままできる床上体操にアーサナをいくつか組み合わせた起きぬけにベッドの上でやる15分ぐらいの自作コースを披露したのだった。
 ところがこき下ろされてしまった。そしてなぜヨーガをやったのかと訊かれてしまった。
 「なぜ‥‥をやるのか」という問いはいささか失敬な問いではないか、と、夢の中で思ったのか目が覚めてから思ったのかははっきりしない。とにかく夢では、近くにいたその人物の高弟といった人の講習会に出るがよいとか勧められたような気がする。「高弟」の方は明らかに私より年下だし、年配の権威者の方だって、同い年ぐらいかもしれない、などと思った。この辺で目が覚めた。あまり後味の良くない夢だった。
(註1) 私はこの種の集会に出ている夢を時々みる。
 だいぶ前には、この系統の学会では研究発表には出ずに付属の実習セッションにだけ出るといったことを、しばしばやっていたものだった。中で印象に残った収穫としては、20年以上前のことだが、駒沢大であったトランスパーソナル心理学・精神医学会で、スリランカから来た僧侶の指導でヴィパッサナ瞑想法を習ったこと。「私は今、ここにいる」と心の中で唱えながら室内をグルグル回るというものだった(と記憶している)が、自己意識を極限まで強めてはじめて自己を超越できるという意だと思った。これは現代の仏教研究の成果とも合致する。仏教本来の教えは、自我が存在しないという「無我の説」ではなく、何を自我と思ってもそれは自我ではないという「非我の説」だというのが定説になっているから。

 この夢で連想するのは、佐保田老師の高弟で京都にいた頃けっこう親しくしていた番場一雄先生の動静を最近は聞かないと思い、ひと月ほど前にネット検索したことだ。なんと2002年に亡くなっていたことを知ったのだった。
 享年66歳。心疾患が原因の急逝らしい。
 番場先生と言えば1980年代末に出された最初の著書を、高価なのに贈っていただいたことがあった。当時は私も、今は亡き朝日ジャーナルから時々は書評依頼がくる立場で、今年のお勧め10冊の特集企画にその本も取り上げたことがあった。今から思えば、その特集号を送って差し上げたら喜ばれただろうに。そうしておけば、その後何となく疎遠になってしまうこともなかっただろうに、などと後悔したものだった。
 それにしても66歳は、当時の男性平均寿命にもはるかに及ばない。それと関連して、沖正弘氏が64歳でガンで死去ということも知り、さらに、ヨーガ行者短命説があるのも知った。私としては、元々虚弱なのにこの年まで寝込むようなこともなく活動していられるのも、ヨーガを細々ながら続けていたおかげだと思っているのだが。
 たぶん、ヨーガ行者に一般的な菜食主義には、現代医学界が薦める適度の肉食を交えた日本食ほどには、寿命を延ばす効果がないということなのだろう。逆にいえば、みんながベジタリアンになれば、近年の天井知らずの平均寿命の延びもかなり抑えられて、超高齢化対策にもなるのではないかと、怪しからぬことをひそかに思っているのだが。
 ちなみに私自身は、一度はベジタリアンをめざしたのだが、日本社会の現状では周囲との軋轢が酷くなりそうだったので、早々に撤退してしまった。
■2018年12月4日(火)。
 夢を見た。どこかの学会のような会場にいた。まず、見知らぬ人に挨拶され、配布物や色刷りの名刺を渡された。これから発表するのだという。
 それと関係があるかどうか分からないが、何かの企画が(相変わらず)私の知らないうちに進行中らしかった。T大環境科学科(当時)の金田先生や大島さんもいたような。
 それから何がどうなったかは思い出せないが、何やらある場所に競争で行くことになった。途中の道筋には私は心当たりがあった。洞窟のような奥まった区画に、保育園のように子どもの遊具や絵本がおいてあって、ほっそりした男性の店主(?)がいるのだった‥‥。
 そのようにすでに土地勘があるので、ぐるっと壁にそって刻まれたような道を行くと、ぶっちぎりの一番乗りか。洞窟の奥まった部屋。子どもの家(保育園?)みたいに遊具や色々な家具道具で囲まれた一区画。
 「ここですか、今日の目的地は」と私は、(この夢の中でのみ)見覚えのあるほっそりした店主をその区画に見出して、尋ねる。
 「そうです」
 あとは憶えていない。
 なんとも取りとめもない夢だが、目が覚めて思い返すとこの「ある場所に行く」までの道筋の様子は、むかし行ったことのある、ディーズニーランドでの、シンデレラ城の内部を連想させる。特に最後の、ピノキオの部屋を。
 ピノキオといえば、人間になりたかった(実際、ある朝、目が覚めると人間の男の子になっていた)木の人形なのだが、ここでどうしても、人間の少年に思いを寄せる宇宙人製アンドロイド少女のことを連想してしまう。
 というわけで次に、その長門がらみで涼宮ハルヒについて述べる。
■ハルヒ神学vs長門神学(3):涼宮ハルヒは自我体験の夢を見たか(続編)
 10月11日付ブログ記事(フッサール心理学(50)涼宮ハルヒは自我体験の夢を見たか)の続きを書く。
 まず、最近参加している「フランス語圏発達心理学を原書で読む会」のテキスト、ピアジェ(J. Piaget)『子どもの世界観』の原書”La représentation du monde chez l'enfant”( P.U.F.)を読み進めて行くうちに、面白い記述に出会ったので、試訳引用しておく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 子どもの「自己中心性égocentrisme」が「世界が自分のまわりを回っていると子どもに信じさせる」(p.124)。
 我々の友人の一人であるある教授は、子どもの頃に長い間、次のような信念を抱いていた(我々に語る以前には誰からも隠していたのだが)。彼は世界の《支配者》、すなわち、太陽も、月も、星々も自分の《所有物である》と。(p.125)
Nain (4歳半):「お月さまは、自分が行きたいところに行くの?それとも何かで動かされているの?」《それ〔動かしてるの〕はボクだよ。ボクが歩くときにだよ。》さらにこう言った《お月さまはボクと一緒に来るんだ。ボクらについて来るんだ。》(p.125)
 ジェームズは、教師になった聾唖者の例を引用している(彼は三人称で自分の回想を物語っている)。‥‥《‥‥どうして月は規則正しく出るのかと、彼は驚きをもって自問した。そして、ただ自分ひとりに会うために出るのに違いないと考えた。それ以来、彼は、月に話しかけるようになり、彼女〔フランス語luneは女性名詞〕が自分をみてほほ笑んだり眉を寄せたりすると想像した。ついには、月が見える時に限って頻繁に鞭うたれることに気がついた。あたかも彼女が自分を見張っていて、悪さをすると監督者に知らせているかのようだった(彼は孤児だった)。彼はしばしば、月はいったい誰なのだろうかと考えた。そしてついには、自分の母なのだと信じるにいたった。なぜならば、母が生きていた時には月を見たことがなかったから。‥‥》(p.127)
--------------------------------------
 とくに最後のジェームズからの引用が面白い。これらの例を見ていると、ハルヒの、小学6年の時に崩壊してしまった自己の唯一性という世界観も、子どもの自己中心性の一例と思えてくる。
 ここから自我体験が生じるためには、客観的世界が成立してからも、一度崩壊したはずの自己の唯一性が新たに反省的に甦り、両者の間の矛盾葛藤が意識されなければならない。ハルヒにもたしかに、矛盾葛藤があった。けれどもそれは、「なぜ私は大勢の中のひとりが私という唯一性をもって存在しているのか」という問いには向かわず、「なぜ私は大勢の中のひとりに過ぎず、唯一ではないのか」と反転してしまう。つまりここでは、唯一性が甦るのではなく、決定的に見失われてしまっているのだ。
 ハルヒの体験は、自我体験というより、子どもの自己中心性が崩壊する体験と見た方がよいのだと思う。

■付記 ハルヒシリーズファンにそっと秘密ネタを教えます‥‥

 下記の『人文死生学宣言』という本の執筆陣には、「消失世界」で涼宮ハルヒと古泉君が進学した高校のモデルとなった学校の先生が加わっています。
 今度会った時にでも、2003年ごろに涼宮ハルヒと古泉一樹という生徒が在籍していなかったか、尋ねてみるつもりです。
 もし在籍していたら、この現実世界とは「消失世界」であり、長門有希は世界を改変したのではなく元に戻したのであり、ハルヒの力によって宇宙人製有機アンドロイドにされていた自分を、元の人間に戻したのだという、「長門戻った説」(三浦、2018、p.161)が正しいことになるのです!?
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2018年11月27日 (火)

ハルヒ神学vs.長門神学(2):長門詩篇Ⅰ「わたしがこの惑星に舞い降りた夜」

■長門有希詩篇Ⅰ「わたしがこの惑星に舞い降りた夜」
 
 銀河の彼方にいたときのことは憶えていない
 わたしがわたしになったのは、白い水の結晶が舞い落ちる夜
 あとからあとから舞い落ちる、この惑星の奇蹟のひとつ
 ーーユキっていうのよーー
 誰かが、わたしの中でささやく
 ユキ‥‥ゆき‥‥雪
 この星に有り余る元素から構成されたばかりの舌という器官の上で
 わたしはこの語をころがし
 インストールされたばかりの脳内日本語辞書で変換する。
 雪‥‥ユキ‥‥由紀‥‥有紀‥‥
 有希‥‥この文字まできて、何か前方がパッと開けるような感覚があった。
 日本語辞書を脳内にさらに繰る
 希(のぞ)みが有(あ)る‥‥
 のぞみって、なに?もどかしく自分の内側に問う
 分からない。でも、この文字は、この名は
 この惑星の♀型有機知性体に多い名前。
 目立たない方がいい。わたしの任務は観測だから
 弓状列島のこの地域に棲まう、
 とある有機生命知性体の観測だから。
 これを自分の名前にしよう。
   ***

Nagatoyuki わたしはおもむろに歩き出す。
 コツ、コツ、コツ‥‥
 靴底から伝わるタイルの固さが全身を突き上げる。
 でも、この公園からどこへ?
 ザッ、ザッ、ザッ‥‥
 異質的な靴音が鼓膜に振動を届ける。
 暗い公園を見回す
 人型の影が近づく
 身長175cm。わたしよりちょうど頭一つ高い
 横幅も広い。体重78kg
 ♂型有機知性体‥‥
 いいえ、そう言ってはいけない。私は有希という人間になったのだから
 「男が近づく」と言わなければ。
 そしてわたしは少女。少女としてのこの場の適切な反応はなに?

 「ネエチャン、風邪引くよオ」
 大きな声が鼓膜を振動させる。
 警戒信号(第3度)発令
 わたしの視線が体内装備型赤外線スコープとともに
 男の顔をとらえる。
 男の視線がわたしの胸に注がれる。
 つられて思わず自分の膨らんだ胸に視線を落とす。
 「セーラー服。北高生じゃないか」
 男の視線がさらに下へと移動し、
 その目に粘っこい白い光がたたえられる。
 全身の肌に粟粒が生じる感覚
 脳内(感覚→日本語)変換辞書発動
 ‥‥オ・ゾ・マ・シ・イ‥‥ 
 警戒信号が第2度に高まる。
 「どう、オジサンと遊ばない?お小遣いあげるよ」
 ハァ、ハァと荒い息が耳にかかる。
 警戒信号第1度。防御反応準備ーー
 男の手が体に触れる寸前に、片足を蹴り出す。
 「ギャッ」という声を残し、男の体は雪舞う夜空に
 軌道計算通りの放物線を描き
 公園の反対側のひときわ高い樹影の先端にひっかかる。
 バキバキバキと音立てて地面に落下
 赤外線スコープを使って情報を解析する。
 動きはない。けれど生体反応は正常

 そのときーー
 コツ、コツ、コツ‥‥
 先ほどから微かに聞こえていた
 靴音が背後に近づいて止まる。
 「そんなことしては駄目よーー」
 振り向くと、わたしと同じ年頃の少女が立っている。
 身長160cm。わたしより少し高い。
 「この星で女の子でいることにはリスクがある。けれど、うまくやればそれを上回るメリットがあるわ」
 「あなたは‥‥」
 「あたしの名は朝倉涼子。あなたと同じ。情報統合思念体によってこの惑星に送り込まれた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」
 それから付け加えた。「そしてあなたのバックアップ」
 「知らなかった。わたしにバックアップがあったなんて」
 「まったくもう、あたしより2ランクは高性能のインターフェースだって聞いていたのに」
 そして、わたしの全身をまじまじと眺め、付け加える。
 「それに、この寒いのにセーラー服一枚だなんて」
 寒いって?
 そういえば先刻から、下肢のむき出しの部分に
 無数の針でチクチク刺されるような感覚。
 別に回避行動を要するほどではないのだけれど。
 脳内(感覚→日本語)変換辞書発動。
 ‥‥刺すような寒気‥‥
 朝倉涼子はこの星の言葉で「コート」と呼ばれる長い服をまとい、
 マフラーと呼ばれる布切れを首に巻いている。
 「おまけにもう、北高の制服。入学は三年も後のことだというのに。あなたを送り込んだ情報統合思念体主流派さんは、いったい何を考えてるのかしら」
 そして、私のからだに観察するような視線を注ぎーー「まさかね、有機体構成時にバグが発生したなんてね」

 ピーポーピーポー
 闇の中を近づいてくる音。私の中で警戒信号第3度が立ち上がりーー
 「救急車が来る。ここにいてはいけないわ」
 「でも、どこへ」
 「あたしたち、ヒューマノイド・インターフェースの秘密基地。高級マンションとこの惑星では、この地域では言ってるわ」
 くるりと背を向けて足早に歩みだす、彼女のあとを追う。
 コツコツ、コツコツ、と、二組の靴音を闇に響かせながら。
 聴覚感度を高めると、街中の靴音がワッと押し寄せて来てーー
 コツコツ響く音が♀型、じゃなかった女の、
 ザッザッという音が♂型、じゃなかった男の靴音と、
 たった今、わたしは学んだ‥‥
 この惑星で、とくに夜の公園のようなところに
 少女としてひとりいることの危険も。
 でも、うまくやればそれを上回るメリットがあるって、何?
 樹のてっぺんまで蹴り上げるのよりも、うまいやりかたって‥‥
 あとで、彼女に聞いておかなければ‥‥
 わたしは無言のまま、朝倉涼子のすらりとした後ろ姿にしたがう。
 やがて闇の中から光輝く巨大な建築が姿をあらわす。

 それが、この惑星に舞い降りた、初めての夜の記憶。
 桜の開花を前に季節外れの雪の舞った日だったと、
 あとから聞いた。
 銀河の彼方にいたときのことは、もう憶えていない。

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

<「長門有希詩篇Ⅱ」に続く>

●口述筆記者註:これは、長門ss(二次創作)と呼ばれるジャンルであって、「涼宮ハルヒシリーズ」に属する原作小説やアニメやマンガや音楽、画像などありとあらゆる材料の無断借用の上に成り立っています。それがssというジャンルの特性なので、別に弁解しようとも思いません。ただし、同じ長門ssの傑作である『機械知性体たちの輪舞曲』(作:輪舞の人)にだけは、感謝の意を表しておきます。原作者以上に長門有希を深く理解しているとまで一部で評されるこの怪作を読むことがなかったなら、本詩篇も書かれることはなかったでしょう。
 今後は続篇を書き継ぐべく努めると同時に、書いた分の推敲も進めてゆく所存なので、よかったらご意見をお寄せ下さい。
 なお、本篇開始に合わせて、ブログの「プロフィール」の「一行自己紹介」も手直しして8行まで増幅して置いたので、よっぽど暇な方は御改め下さい。●

■付記 ハルヒシリーズファンにそっと秘密ネタを教えます‥‥

 下記の『人文死生学宣言』という本の執筆陣には、「消失世界」で涼宮ハルヒと古泉君が進学した高校のモデルとなった学校の先生が加わっています。
 今度会った時にでも、2003年ごろに涼宮ハルヒと古泉一樹という生徒が在籍していなかったか、尋ねてみるつもりです。
 もし在籍していたら、この現実世界とは「消失世界」であり、長門有希は世界を改変したのではなく元に戻したのであり、ハルヒの力によって宇宙人製有機アンドロイドにされていた自分を、元の人間に戻したのだという、「長門戻った説」(三浦、2018、p.161)が正しいことになるのです!?
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