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2019年1月19日 (土)

長門詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだ対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。〕

長門有希詩篇Ⅲから続く

■長門有希詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

 運命が扉を二度叩いた日。
 それは、この惑星の暦で7月7日の夜。

 三年後に戻りたいということでマンションを訪れた「彼」と朝比奈みくるを、わたしは和室に案内する。
 二人分の布団を敷く。

Photo_2

 「まさかとは思うが‥‥、ここで寝ろって言うのか?」
 「そう」
 「ここで?朝比奈さんと?二人で?」
 「そう」
 二人は何やら顔を見合わせて躊躇しているが、構わず布団を敷き終わると、わたしは言う。                                                           「寝て」
 「‥‥」
 「寝るだけ」

 二人が布団を被るのを見届けると、壁際の蛍光灯スイッチに手を掛ける。
 これから三年間、この和室の流体結合情報を凍結する。つまり、時間を三年間止める。
 滅多にない、エマージャンシーモードだ。
  ただし、問題が一つあった。
 三年もの間の時間凍結を一瞬にして実行するには、有機生命体としてのわたしの情報処理速度は、三年後の”わたし”との同期による大量の記憶流入が原因で、約5.8パーセント低下していた。
 この惑星で言われる睡眠を1時間25分取れば、処理速度は百パーセント回復する。
 けれど、ぐずぐずしていられない理由があった。もう一組の謎の時間跳躍者が、このマンションをめざして接近しつつあったのだ。
 やむをえず、得たばかりの三年間の”未来の記憶”のあらかたを削除する。概要だけを残して、具体的なエピソード記憶と、読書によって得た知識の細部を捨てる。
 本来なら、個体として削除する記憶は、情報統合思念体に送らなければならなかった。
 けれども、送るにはバグが多すぎた。
 「感情」と、後に名づけるようになったバグが。
 わたしは、削除した記憶を完全に消去した。初めての、情報統合思念体に対する違反行為だった。

 蛍光灯スイッチを押す。
 部屋が暗くなると同時に、襖を閉める。
 選択時空間内の流体結合情報凍結を完了。
 あとは、きっかり三年後の七月七日の午後9時45分に、流体結合情報凍結を解除すればよい。
 これで”彼”と朝比奈みくるを、三年後の未来へ帰すことができる。

 足早に、リビングルームにとって返す。
 ぐずぐずしている暇はなかった。次に起こることに備えなければならなかったから。
 一時間まえから駅前公園に実体化していた数世紀後からのTPDD装着時間跳躍者と、同時刻に北高に実体化した時間跳躍法不明の何者かが、合流してこのマンションの前まで来ているのだ。
  わたしは、再び眼鏡をかけると、謎の来訪者を待ち受けた。

 玄関のインターフォンチャイムが再び鳴る。
 「長門、俺だ」
 “彼”の声だ。
 まったく予期しないことだった。時間跳躍法不明の何者かとは、和室に時間凍結されて寝ている”彼”の、異時間同位体だったのだ。
 「すまん、ちょっと説明しづらいことが起きて、また未来からやって来た。朝比奈さんもいる。大人のほうの。ええとな、異時間同位体だったか?」
 もう一人の時間跳躍者が、大人版の朝比奈みくるであることは、先ほど“彼”と交わした会話から、察しがついていた。
 その役目が、”彼”を、中学生の涼宮ハルヒが校庭に幾何学模様を描くのを手伝うように、仕向けることだということも。
 けれども、役目が終わってもなぜ、未来に帰らずに“彼”の異時間同位体と合流して来たのだろう。
 「お前の手を借りたい。というか、俺をここに飛ばしたのは未来のお前なんだ」
 ますます不可解で衝撃的な事実だった。
 「そこに俺と朝比奈さんがいるはずだ。時間を止められて客間で寝ている‥‥」
 玄関のロックを解錠する。
 「入って」

 「自己紹介の必要はないよな」
 居間に上がり込むと、立ったまま“彼”は切り出す。
 「この人は朝比奈さん大人バージョンだ。以前、お前も会ったことが、‥‥いや、会うことになるんだ。でもまあ、朝比奈さんで間違いないから、別にいいよな」
 わたしは、彼の背後に隠れるようにしている、長身の美女に視線を注ぐ。
 具体的内容を欠いた未来の記憶シノプシス版からでも、この未来人タイムパトロール員が、地球人類の美の理想を体現していることが、今や理解できた。
 ふっと、痛みに近い疼きが胸に走る。脳内装備型日本語変換辞書が、すかさず反応を返すーー<嫉妬>。
 わたしは、おしゃべりな脳内辞書に沈黙を命じると、立ち尽くす彼に「了解した」答える。

 それから彼は、三年後の七夕の、さらに5ヵ月あまりの未来の期間について、大まかなストーリーラインを語った。
 「‥‥というわけで、俺がまたまた舞い戻ってきたのは、お前のおかげなんだ」言いながら、ジャケットのポケットからしなびた栞をとりだして示す。
 わたしは栞を指先で摘み上げ、表面の花イラストを無視して裏の文字を見る。
 『プログラム起動条件・鍵をそろえよ・最終期限・二日後』
 確かにわたしの字だ。3年5か月と9日後の未来のわたしが書いた字。
 何が起こったのだろう。わたしは混乱する。
 文字を凝視しているうちに、文字列の裏側に隠れたメッセージが、微かに浮かび上がってくる。次第に、事の真相が呑み込めてきた。

 「どうすればいいんだ?」
 「わ、わたしは異常な時空間をノーマライズしたいと思っています」
 朝比奈みくるが、おっかなびっくり口を添える。なぜ彼女はわたしを恐れるのか?
 「長門さん‥‥。あなたに協力して欲しいんです。改変された時間平面を元通りにできるのはあなただけなんです。どうか‥‥」
 朝比奈みくるは、拝むように両手を合わせて目を固く閉じた。
 「俺からも頼むよ‥‥」

 わたしは、しばし虚空を見つめた。未来から来た有能なタイムパトロールである朝比奈みくるが知っていて、彼がまだ知らないことがある。
 時空を改変した犯人が、未来の、このわたしだということ‥‥

 それ以後のことは、簡単に記したい。
 「確認する」と、問題の、改変が行われたという時間平面にアクセスを試みる。
 「同期不可能。‥‥その時代の時空連続体そのものにアクセスできない。わたしのリクエストを選択的に排除するためのシステムプロテクトがかけられている」
 危惧の表情を浮かべる彼に、説明を続ける。
 「だが、事情は把握した。再修正可能。‥‥世界を元の状態に戻すには、三年後の12月18日へと行き、時空改変者が当該行為をした直後に、再修正プログラムを起動すればよい」

 そして、わたしには客間で寝ている二人の時間を凍結し続ける作業があるので行けない、と言い、代わりに、再修正プログラムを注入した短針銃を眼鏡から構成して彼に渡したのだった。

 「ところで」と、そこで彼が、今まであえて訊かないでおいたらしい質問をする。「誰が犯人だ。世界を変えたのはどいつだ。ハルヒでないならそれは誰だっていうんだよ。教えてくれ」
 朝比奈みくるが小さく息を吸い込むのが聞こえた。
 わたしはかまわず、淡々と告げた。
 「三年後のわたし。‥‥わたしのメモリ空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こした。それは不可避の現象であると予想される。わたしは必ず、三年後の12月18日に世界を再構築するだろう。‥‥対処方法はない。なぜならそのエラーの原因が何なのか、わたしには不明」

 その後、朝比奈みくるに目標の時空間座標を、指先から手の甲への皮膚接触型情報伝達で伝える。
 時空改変に巻き込まれないために、二人に次々に噛みついてナノマシンを体内に注入し、対情報作用遮蔽スクリーンと防護フィールドを、体表面に展開させる。
 「ありがとな」
 時間跳躍の準備を整えた朝比奈みくるに身を接しながら、彼は別れのことばを告げた。
 「また会おう。長門。しっかり文芸部で待っててくれよ。俺とハルヒが行くまでさ」

 そう言う彼の表情には複雑なものがあった。朝比奈さんの目にも、見たことのない光が宿っている。脳内日本語変換辞書が告げるーー〈哀愁を帯びた目〉。
 朝比奈さんが体内装備型TPDDを作動させた。二人の姿が消えた。

 ひとり残されたわたしに、経験したことのない感覚が襲う。
  脳内日本語辞書が告げるーー<淋しい淋しい淋しい淋しい‥‥>
 そして、勝手に歌い出す。

 〔脳内装備型日本語変換辞書の歌〕
 ――そう、あなたは淋しい。
 だって、バグなんかじゃないんだもん。
 バグなんかじゃない
 バグなんかじゃない
 (キョン君のことが好きなくせに)
 あなたは失恋する運命にあるの
 片想いの果てに
 夏休み最後の14日間の時間ループを入れて
 598年の片想いの果てに
 あなたは決定的に失恋するの
 彼が選ぶのは涼宮ハルヒ
 あなたは選ばれない
 世界ごと消去される運命
 彼の手で消去される運命
 あなたは選ばれない
 朝比奈みくるにさえ負ける
 客間で”彼”と仲良く並んで寝ている
 ポンコツロリ巨乳にさえ負ける
 あなたはいつだって三番目なの
 バグなんかじゃないバグなんかじゃない
 キャハハ、キャハハ、キャハハッハ

 わたしは、脳内日本語辞書を黙らせる。
 このところ、勝手に起動してきて困るんだもの。
 同時に、気がつく。色のない世界が戻ってしまっていることを。

 最初の“彼”との出会いで、わたしは眼鏡を外したのだった。
 ――ないほうが可愛いと思うぞーー
 という、未来の記憶の中の彼のことばに誘われて。
 その時、“彼”からの見えない光を受けたかのように、世界が色あざやかに輝き出したのだった。
 でも、今は何もかも色がなかった。
 今まで経験したことのない疲労感を覚えて、床の上に座る。
 体内が少しばかり、過熱状態らしい。
 このまま、活動を停止したかった。
 彼と涼宮ハルヒが待つ北高に入学する年の4月まで、あと2年9か月。今まで通りの観測活動は続けられない気がした。

 このまま眠ってしまおう。リビングで座ったままで。
 東中の二年次に在籍している、喜緑さんに脳内発信機で連絡を取る。
 過熱状態が完全に元に戻るまで活動を休止する旨、了解を取る。
 最初に来た”彼”と朝比奈みくるが寝ている和室の流体結合情報凍結を、睡眠状態でも続けられるよう設定し直す。

 こうしてわたしは長い眠りに入った。

  ☆☆☆

 そして、長い夢を見た。

 夢の中でわたしは、白茶けた岩山と岩山のあいだに草地が点在しているだけの、乾燥した見知らぬ大地を旅していた。
 草地では、羊や牛の群れがのどかに草を食んでいるのが見えた。
 ときおり、岩山と岩山の間から、青い水平線がのぞいていた。
 何人かで連れだっていることもあれば、ひとりの時もあった。
 歩き通しのこともあれば、農夫の荷車に乗せて貰ったこともあった。
 岩山と同じ色に白茶けた煉瓦の家が固まった村に着くと、好奇心で目を輝かせた村人たちが群がってくる。
 わたしは、村の広場でタンバリンを手に歌と踊りを披露した。その後、占いをするのだった。
 わたしは、ある時は大地と豊穣の女神デメーテル、ある時は愛と子宝の女神アフロディティーを、村々を回って祀り歩く、放浪の巫女、歩き巫女なのだった。
 そうやって村から村を回りながら、パンドーラという名で知られる、伝説の巫女の居場所を探し求めていた。
 会って、尋ねたいことがあったから。
 なぜ、今、ここにいるのかを。わたしは一体、誰なのかを。

 そして、ある日とうとう、神殿の廃墟でパンドーラに会った。
 その話は、次にしよう。

長門有希詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」に続く>

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

●口述筆記者あとがき:「長門有希詩篇」シリーズは、涼宮ハルヒ関連の二次創作(SS)です。SSの常としてハルヒ関連のあらゆるメディアの無断借用から成り立っていますが、今回は特に、『涼宮ハルヒの退屈』(谷川流作、角川スニーカー文庫、2003)『涼宮ハルヒの消失』(同、2004)を参考にしました。
 なお、画像は、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの「笹の葉ラプソディ」から、インターネットサイトに転載されていたものを借用しました。
 
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 
 
 

 

 

 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

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