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2019年1月の記事

2019年1月20日 (日)

長門詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだ対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。〕

長門有希詩篇Ⅳから続く>

■長門有希詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」

  どこか知らない、乾いた大地を旅していた。
 白茶けた岩山と岩山の合間に緑の草地がところどころに拡がり、羊や牛がのどかに草を食んでいた。
 遠く、青い水平線が望まれることもあった。
 少し広い牧草地と岩山の間には、たいてい泉か井戸があり、岩山に隠れるようにして煉瓦の白茶けた家が何軒か固まって、村落を作っていた。
 わたしは、ある時は何人かの集団で、またある時は一人っきりで、村から村へと渡り歩いていた。
 歩き通しのこともあれば、農夫の荷車に乗せて貰うこともあった

 村に着くと、好奇心で目を輝かせた村びとが、大人も子どもも、老いも若きも集まってくる。わたしは広場でタンバリンを打ち鳴らして踊りながら、大地と豊穣の女神デーメーテールや愛と婚姻の女神アフロディーティーに捧げる歌を歌った。

 その後、求めに応じて占いをする。わたしの占いは良く当たると評判だった。
 そのまま村の有力者の家に泊まることもあったが、たいていはそこで春をひさぐことになるのだった。
 それも、歩き巫女の仕事の内だった。

 そうやって村から村を渡り歩きながら、わたしはパンドーラという名の、伝説的な巫女の消息を求めていた。

 パンドーラは、何千年も昔から生きているという。不老の美しさを保ちながら。
 ある説によると、パンドーラこそ、最初の人間の女だという。
 今でも、どこかの廃墟となった神殿の奥深く棲むが、実際にあったという人は誰もいないという。

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 どれくらいの月日が、そうやって流れたかは分からない。ある日、とうとう、海に面した断崖に立つ崩れかけた神殿の奥で、わたしはパンドーラに会ったのだった。

 「わたくしの名を、久方ぶりに呼ぶのは誰ですか‥‥」
 神殿の奥の暗がりから、立ちのぼる香煙をかき分けるようにして長身をあらわした巫女を見て、わたしは小さく叫んでいた。
 「朝比奈みくるさん!?」
 「その人のことは知りません」
 巫女は平静に言葉を継いだ。「でも、美の理想は、どんな時代でも似たようなものになってしまうのです。このパンドーラは、元々、理想の美を体現せんものと、オリュンポスの神々によって造型されたものですから‥‥」
 そして、憂いを含んだ目でわたしを見て、「して、何用あって、このような荒れ果てた地に、世に忘れ去られた巫女のところに、来たのです?はかなげな乙女よ」
 「乙女などではありません‥‥」
 わたしは、昨夜も村で、自分の体に散々加えられた、おぞましい仕打ちの数々を思い起こして顔を赤らめながら、答えた。「春をひさぐのをなりわいとする、ただの卑しい歩き巫女‥‥」
 そして、聞こえないような小声で付け加えたーー「はかなくもないのだし‥‥」
 伝説の巫女は、じっとわたしに目を注いで、少し悲しげに言った。
 「そのようなことを言うものではありません。黒い瞳に青みがかった銀色の髪をした乙女よ。あなたの闇に星を鏤めたような瞳の奥には、無窮の宇宙が広がっているものを。見ていると吸い込まれそうな。ーーして、何用ですか?」 
 「パンドーラさま。わたしは知りたい。わたしはなぜ、今、ここにいるのかを。わたしは一体、誰なのかを」

 わたしは跪くと、堰を切ったように語り始めた。
 「気がついた時にはもう、わたしは、15か16歳の女として、旅芸人の一座に加わって村から村へと渡り歩いていました。
 わたしには、親も兄弟姉妹もありません。わたしを拾ってくれた一座の親方は、わたしが空から降ってきた、と言っていたものです。
 ですからわたしには、子どもの頃の記憶がありません。
 踊り子として一座と共に過ごすうちに、わたしには予言の力があることが分かってきました。日ごとに煩わしく言い寄ってくるようになった親方の息子からのがれたくもあって、歩き巫女の一行に身を投じました。
 先輩の巫女たちの中には、天涯孤独な上に内気で無口なわたしを憐れんで、妹のように可愛がってくれる人もいたのです。
 でも、4、5年もたつと、その人たちからも別れなければならなくなりました。
 わたしが、齢を取らないからです。
 仲良しだった友だちが、自分だけが齢を取ってゆくのに気づくと、わたしに嫉妬の目を向け、しまいに魔女だの化物だのとののしるのです。
 そのうちに、はるかな神代から、人でありながら不老の若さ、永遠の美を留めているという、最高の巫女、パンドーラさまの噂を聞きました。
 あなたこそ、わたしが誰なのか、なぜここにこの時代にいるのかを、教えていただける方ではないでしょうか」

 「憐れな乙女よ」パンドーラは、跪いたわたしに歩み寄り、手を取って言った。
 「この世におけるそなたの使命を教えるには、まず、わたくしが何者であるかを伝えねばなりません。でも、この時代の人々の言葉も概念も、あまりにも未成熟です。
 ですが、楽の音に、歌に、乗せれば伝えることもできましょう。
 アフロディーティの歩き巫女よ、立ちなさい。タンバリンを取って踊りなさい。
 わたくしが歌い、もの語るのに合せてーー」

 言われるままにわたしは背に負ったタンバリンを手に取って、シャラシャラと打ち振り踊り始めた。
 澄み切った歌声が、パンドラの紅い唇から流れ出す。

〔パンドーラの歌〕

我が故郷〔ふるさと〕は銀河の彼方
光が尽き光の生まれるところ
エックス線星は歌い
超新星は紫の輝きを放ち
渦状星雲が群れ集い
ブラックホールが音もなく崩壊する
重力が生まれ重力の尽きるところ

銀河の彼方からわたくしは来た
宇宙開闢以来在る究極知性
情報統合思念体の、最初の対人コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェースとして
獣と変わらぬこの星の人類に
知識と技芸を授けるために

こうしていつか人間たちは

Pandora_2鳥獣を狩り野苺を摘むのをやめ
牛と羊を飼い畑を耕すようになった。
洞窟を出て石造りの都市に住み
棍棒の代わりに青銅の剣と鋼の鏃で武装した。
天体を観測して暦を作り
三角測量を覚えてピラミッドを建てた。

けれど農耕は狩りの生活より労働がきつく
人口の密集した都市では疫病が流行した
富める者、力ある者は
貧しき者、力なき者を虐げ
巨大な軍隊を作りあげて圧政を敷いた
お互いがお互いを羨み、そしり
虚偽と巧言とが真実と廉直を覆い隠した
やがて人々はわたくしパンドーラこそ
あらゆる災厄をもたらした元凶よと
なじるようになった。

嫉妬深いオリュンポスの神々が
人類を懲らしめるべく、ひそかに
あらゆる悪徳と禍の種を詰めて
地上に送った開けるべからずの箱を
好奇心に負けて開いたパンドーラこそは
人類に災厄ををもたらした禍〔わざわい〕の女だと。

わたくしは人々の目から姿を隠し
神殿の廃墟の奥にひとり住まうようになった。
情報統合思念体はもはや人類に介入しようとせず
観測だけにわたくしの役目を限定した。
オリュンポス山から吹き下ろす風の音と
エーゲ海の波濤の響きを聞きながら
わたくしは生き続け、そして待った。

パンドーラの箱にただ一つ残った
最後の贈物を受け取るべき者の訪れを
わたくしに続く二体目の対人コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェースが
黒い瞳と青みがかった銀色の髪の
小柄な体、薄い胸の
可憐な乙女として訪れる日をーー

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2019年1月19日 (土)

長門詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだ対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。〕

長門有希詩篇Ⅲから続く

■長門有希詩篇Ⅳ「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」

 運命が扉を二度叩いた日。
 それは、この惑星の暦で7月7日の夜。

 三年後に戻りたいということでマンションを訪れた「彼」と朝比奈みくるを、わたしは和室に案内する。
 二人分の布団を敷く。

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 「まさかとは思うが‥‥、ここで寝ろって言うのか?」
 「そう」
 「ここで?朝比奈さんと?二人で?」
 「そう」
 二人は何やら顔を見合わせて躊躇しているが、構わず布団を敷き終わると、わたしは言う。                                                           「寝て」
 「‥‥」
 「寝るだけ」

 二人が布団を被るのを見届けると、壁際の蛍光灯スイッチに手を掛ける。
 これから三年間、この和室の流体結合情報を凍結する。つまり、時間を三年間止める。
 滅多にない、エマージャンシーモードだ。
  ただし、問題が一つあった。
 三年もの間の時間凍結を一瞬にして実行するには、有機生命体としてのわたしの情報処理速度は、三年後の”わたし”との同期による大量の記憶流入が原因で、約5.8パーセント低下していた。
 この惑星で言われる睡眠を1時間25分取れば、処理速度は百パーセント回復する。
 けれど、ぐずぐずしていられない理由があった。もう一組の謎の時間跳躍者が、このマンションをめざして接近しつつあったのだ。
 やむをえず、得たばかりの三年間の”未来の記憶”のあらかたを削除する。概要だけを残して、具体的なエピソード記憶と、読書によって得た知識の細部を捨てる。
 本来なら、個体として削除する記憶は、情報統合思念体に送らなければならなかった。
 けれども、送るにはバグが多すぎた。
 「感情」と、後に名づけるようになったバグが。
 わたしは、削除した記憶を完全に消去した。初めての、情報統合思念体に対する違反行為だった。

 蛍光灯スイッチを押す。
 部屋が暗くなると同時に、襖を閉める。
 選択時空間内の流体結合情報凍結を完了。
 あとは、きっかり三年後の七月七日の午後9時45分に、流体結合情報凍結を解除すればよい。
 これで”彼”と朝比奈みくるを、三年後の未来へ帰すことができる。

 足早に、リビングルームにとって返す。
 ぐずぐずしている暇はなかった。次に起こることに備えなければならなかったから。
 一時間まえから駅前公園に実体化していた数世紀後からのTPDD装着時間跳躍者と、同時刻に北高に実体化した時間跳躍法不明の何者かが、合流してこのマンションの前まで来ているのだ。
  わたしは、再び眼鏡をかけると、謎の来訪者を待ち受けた。

 玄関のインターフォンチャイムが再び鳴る。
 「長門、俺だ」
 “彼”の声だ。
 まったく予期しないことだった。時間跳躍法不明の何者かとは、和室に時間凍結されて寝ている”彼”の、異時間同位体だったのだ。
 「すまん、ちょっと説明しづらいことが起きて、また未来からやって来た。朝比奈さんもいる。大人のほうの。ええとな、異時間同位体だったか?」
 もう一人の時間跳躍者が、大人版の朝比奈みくるであることは、先ほど“彼”と交わした会話から、察しがついていた。
 その役目が、”彼”を、中学生の涼宮ハルヒが校庭に幾何学模様を描くのを手伝うように、仕向けることだということも。
 けれども、役目が終わってもなぜ、未来に帰らずに“彼”の異時間同位体と合流して来たのだろう。
 「お前の手を借りたい。というか、俺をここに飛ばしたのは未来のお前なんだ」
 ますます不可解で衝撃的な事実だった。
 「そこに俺と朝比奈さんがいるはずだ。時間を止められて客間で寝ている‥‥」
 玄関のロックを解錠する。
 「入って」

 「自己紹介の必要はないよな」
 居間に上がり込むと、立ったまま“彼”は切り出す。
 「この人は朝比奈さん大人バージョンだ。以前、お前も会ったことが、‥‥いや、会うことになるんだ。でもまあ、朝比奈さんで間違いないから、別にいいよな」
 わたしは、彼の背後に隠れるようにしている、長身の美女に視線を注ぐ。
 具体的内容を欠いた未来の記憶シノプシス版からでも、この未来人タイムパトロール員が、地球人類の美の理想を体現していることが、今や理解できた。
 ふっと、痛みに近い疼きが胸に走る。脳内装備型日本語変換辞書が、すかさず反応を返すーー<嫉妬>。
 わたしは、おしゃべりな脳内辞書に沈黙を命じると、立ち尽くす彼に「了解した」答える。

 それから彼は、三年後の七夕の、さらに5ヵ月あまりの未来の期間について、大まかなストーリーラインを語った。
 「‥‥というわけで、俺がまたまた舞い戻ってきたのは、お前のおかげなんだ」言いながら、ジャケットのポケットからしなびた栞をとりだして示す。
 わたしは栞を指先で摘み上げ、表面の花イラストを無視して裏の文字を見る。
 『プログラム起動条件・鍵をそろえよ・最終期限・二日後』
 確かにわたしの字だ。3年5か月と9日後の未来のわたしが書いた字。
 何が起こったのだろう。わたしは混乱する。
 文字を凝視しているうちに、文字列の裏側に隠れたメッセージが、微かに浮かび上がってくる。次第に、事の真相が呑み込めてきた。

 「どうすればいいんだ?」
 「わ、わたしは異常な時空間をノーマライズしたいと思っています」
 朝比奈みくるが、おっかなびっくり口を添える。なぜ彼女はわたしを恐れるのか?
 「長門さん‥‥。あなたに協力して欲しいんです。改変された時間平面を元通りにできるのはあなただけなんです。どうか‥‥」
 朝比奈みくるは、拝むように両手を合わせて目を固く閉じた。
 「俺からも頼むよ‥‥」

 わたしは、しばし虚空を見つめた。未来から来た有能なタイムパトロールである朝比奈みくるが知っていて、彼がまだ知らないことがある。
 時空を改変した犯人が、未来の、このわたしだということ‥‥

 それ以後のことは、簡単に記したい。
 「確認する」と、問題の、改変が行われたという時間平面にアクセスを試みる。
 「同期不可能。‥‥その時代の時空連続体そのものにアクセスできない。わたしのリクエストを選択的に排除するためのシステムプロテクトがかけられている」
 危惧の表情を浮かべる彼に、説明を続ける。
 「だが、事情は把握した。再修正可能。‥‥世界を元の状態に戻すには、三年後の12月18日へと行き、時空改変者が当該行為をした直後に、再修正プログラムを起動すればよい」

 そして、わたしには客間で寝ている二人の時間を凍結し続ける作業があるので行けない、と言い、代わりに、再修正プログラムを注入した短針銃を眼鏡から構成して彼に渡したのだった。

 「ところで」と、そこで彼が、今まであえて訊かないでおいたらしい質問をする。「誰が犯人だ。世界を変えたのはどいつだ。ハルヒでないならそれは誰だっていうんだよ。教えてくれ」
 朝比奈みくるが小さく息を吸い込むのが聞こえた。
 わたしはかまわず、淡々と告げた。
 「三年後のわたし。‥‥わたしのメモリ空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こした。それは不可避の現象であると予想される。わたしは必ず、三年後の12月18日に世界を再構築するだろう。‥‥対処方法はない。なぜならそのエラーの原因が何なのか、わたしには不明」

 その後、朝比奈みくるに目標の時空間座標を、指先から手の甲への皮膚接触型情報伝達で伝える。
 時空改変に巻き込まれないために、二人に次々に噛みついてナノマシンを体内に注入し、対情報作用遮蔽スクリーンと防護フィールドを、体表面に展開させる。
 「ありがとな」
 時間跳躍の準備を整えた朝比奈みくるに身を接しながら、彼は別れのことばを告げた。
 「また会おう。長門。しっかり文芸部で待っててくれよ。俺とハルヒが行くまでさ」

 そう言う彼の表情には複雑なものがあった。朝比奈さんの目にも、見たことのない光が宿っている。脳内日本語変換辞書が告げるーー〈哀愁を帯びた目〉。
 朝比奈さんが体内装備型TPDDを作動させた。二人の姿が消えた。

 ひとり残されたわたしに、経験したことのない感覚が襲う。
  脳内日本語辞書が告げるーー<淋しい淋しい淋しい淋しい‥‥>
 そして、勝手に歌い出す。

 〔脳内装備型日本語変換辞書の歌〕
 ――そう、あなたは淋しい。
 だって、バグなんかじゃないんだもん。
 バグなんかじゃない
 バグなんかじゃない
 (キョン君のことが好きなくせに)
 あなたは失恋する運命にあるの
 片想いの果てに
 夏休み最後の14日間の時間ループを入れて
 598年の片想いの果てに
 あなたは決定的に失恋するの
 彼が選ぶのは涼宮ハルヒ
 あなたは選ばれない
 世界ごと消去される運命
 彼の手で消去される運命
 あなたは選ばれない
 朝比奈みくるにさえ負ける
 客間で”彼”と仲良く並んで寝ている
 ポンコツロリ巨乳にさえ負ける
 あなたはいつだって三番目なの
 バグなんかじゃないバグなんかじゃない
 キャハハ、キャハハ、キャハハッハ

 わたしは、脳内日本語辞書を黙らせる。
 このところ、勝手に起動してきて困るんだもの。
 同時に、気がつく。色のない世界が戻ってしまっていることを。

 最初の“彼”との出会いで、わたしは眼鏡を外したのだった。
 ――ないほうが可愛いと思うぞーー
 という、未来の記憶の中の彼のことばに誘われて。
 その時、“彼”からの見えない光を受けたかのように、世界が色あざやかに輝き出したのだった。
 でも、今は何もかも色がなかった。
 今まで経験したことのない疲労感を覚えて、床の上に座る。
 体内が少しばかり、過熱状態らしい。
 このまま、活動を停止したかった。
 彼と涼宮ハルヒが待つ北高に入学する年の4月まで、あと2年9か月。今まで通りの観測活動は続けられない気がした。

 このまま眠ってしまおう。リビングで座ったままで。
 東中の二年次に在籍している、喜緑さんに脳内発信機で連絡を取る。
 過熱状態が完全に元に戻るまで活動を休止する旨、了解を取る。
 最初に来た”彼”と朝比奈みくるが寝ている和室の流体結合情報凍結を、睡眠状態でも続けられるよう設定し直す。

 こうしてわたしは長い眠りに入った。

  ☆☆☆

 そして、長い夢を見た。

 夢の中でわたしは、白茶けた岩山と岩山のあいだに草地が点在しているだけの、乾燥した見知らぬ大地を旅していた。
 草地では、羊や牛の群れがのどかに草を食んでいるのが見えた。
 ときおり、岩山と岩山の間から、青い水平線がのぞいていた。
 何人かで連れだっていることもあれば、ひとりの時もあった。
 歩き通しのこともあれば、農夫の荷車に乗せて貰ったこともあった。
 岩山と同じ色に白茶けた煉瓦の家が固まった村に着くと、好奇心で目を輝かせた村人たちが群がってくる。
 わたしは、村の広場でタンバリンを手に歌と踊りを披露した。その後、占いをするのだった。
 わたしは、ある時は大地と豊穣の女神デメーテル、ある時は愛と子宝の女神アフロディティーを、村々を回って祀り歩く、放浪の巫女、歩き巫女なのだった。
 そうやって村から村を回りながら、パンドーラという名で知られる、伝説の巫女の居場所を探し求めていた。
 会って、尋ねたいことがあったから。
 なぜ、今、ここにいるのかを。わたしは一体、誰なのかを。

 そして、ある日とうとう、神殿の廃墟でパンドーラに会った。
 その話は、次にしよう。

長門有希詩篇Ⅴ「パンドーラの歌」に続く>

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

●口述筆記者あとがき:「長門有希詩篇」シリーズは、涼宮ハルヒ関連の二次創作(SS)です。SSの常としてハルヒ関連のあらゆるメディアの無断借用から成り立っていますが、今回は特に、『涼宮ハルヒの退屈』(谷川流作、角川スニーカー文庫、2003)『涼宮ハルヒの消失』(同、2004)を参考にしました。
 なお、画像は、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの「笹の葉ラプソディ」から、インターネットサイトに転載されていたものを借用しました。
 
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 
 
 

 

 

 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

2019年1月17日 (木)

夢の現象学(156):続きの夢で疑問への解が与えられるの巻/ハルヒ神学vs.長門神学(4):ヒロイン論

■2019年1月12日。世田谷の家の二階にいた。

 北窓に虫がいっぱいたかっているようだ。
 見ると、脚の長いラクダ色の蜘蛛がべったりたかっている。しかも窓の内側に。
 潰す紙がないか、狭い室内を見まわしたが、ないようなのでやむを得ず、パジャマの裾で包み込んだ。
 モゾモゾ動いているのを、力を入れて押し潰した。
 そこで目が覚めた。
 また眠り、夢の続きを見た。
 裏の家で大掃除をしていた。裏庭に回ると、奥さんらしい人がこちらの庭に少し入り込んで、箒で掃いている(現実には裏の家との間には高いコンクリートの壁があるが、夢では低い柵みたいになっていた)。
 それを見て、蜘蛛が大量に入り込んでいた原因が分かった、と思った。
 奥さんに今晩はと挨拶する。私の顔は知らないだろうと思いながら。
 この辺で目が覚めたらしい。
○現象学的考察。
 このような、事実的でもあり論理的(疑問→解答の形式の)でもある続きの夢を見ると、眼が覚めていた間も夢は、(フッサール現象学的な意味で)超越性をもった「世界」として続いていた、と考えたくなる。
 覚醒時にひどい見当識障害が起こってでもいない限り、普通はめざめて即座に、寝入る前の世界との、連続性を確信する。それは同時に、眠っている間も「私がいない世界」が超越性をもって続いていたことの、確信でもある。
 それと同様の確信が、「続き物の夢」から導き出されない理由があろうか。
 テオフィル・ゴーチエの吸血鬼物の傑作『死女の恋』では、若き修道士が教会の扉の前で妖しい美女と目を合せたばかりに、夜ごと遊蕩の青年貴族となって美女と共に享楽の生活を送る。昼間の短調な修道院生活と、どちらが夢でどちらが現か分からなくなる。
 違いが出るのは、吸血鬼の墓を暴き、生けるがごとき美女の死体の心像に銀の杭を打ち込むことで、夜の華麗な生活に永久に終止符が打たれることによってである。
 けれども、以前もこのブログに書いたことだが、「現実世界」の方も、何時か終わる(=死ぬ)のだから、「夢世界」とたいして違わないとも言えるではないか。
                                     (午前11時。喫茶にて)。
■ハルヒ神学vs.長門神学(4):ヒロイン論
 今回は長門詩篇は一休みして、ヒロイン論なるものをすることにします。
 いったい、涼宮ハルヒシリーズのヒロインは誰なのでしょうか。
 言うまでもなく、シリーズ名になっている、涼宮ハルヒその人です。
 より詳しく答えたい人は、次のように言うかもしれません。
 SOS団の三人娘がヒロインで、うち、メインヒロインが涼宮ハルヒで、サブヒロインが未来人の朝比奈みくると宇宙人の長門有希だ、と。
 じっさい、先頭作『涼宮ハルヒの憂鬱』が出版された当時なら、このような位置づけを誰も疑わなかったでしょう。
 さらに言えば、出版社(角川)サイドのプロモーションでは、ハルヒ>朝比奈さん>長門、という序列が規定事項だったようでした。これは、シリーズ単行本の表紙に登場する順序でもあり、今に至るまで、出版社サイドが固執しているらしき序列でもあります。
 ところが、作者(谷川流氏)の思惑は、そしてファンの想いも、途中で違ってきたようなのです。
 まず、シリーズ第三作『涼宮ハルヒの退屈』の「あとがき」で、作者は、次のように述べているのです。
 「この辺でシリーズ名を、がんばれ長門さんにしようと思ったが、それでは物語が動きそうもないので断念した」と。
 じっさい、この第三作の頃から、ハルヒが原因で起こる騒動を語り手のキョンと長門有希とがコンビで解決に当たるという、物語スタイルが定着したのでした。
 そして第4作『消失』で、とうとう長門有希がハルヒを押しのけて、新たなヒロインの座についたように、フアンの目には映じたようでした。
 かくして、長門有希には、ハルヒに次ぐ「セカンドヒロイン」、ハルヒと並ぶ「ダブルヒロイン」、さらには「真のヒロイン」の名でさえ献じられることになったのでした。もちろん、ハルヒも朝比奈さんも目ではない、ダントツ人気に支えられてのことです。
 けれども、こういったセカンドヒロイン等などの称号では、ハルヒ、長門、そして朝比奈さんの三人に割り当てられた、ヒロイン機能の分担が、ハッキリしないうらみがあります。
 そこで私は次の呼称を提案するのです。
○表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロイン(「ハルヒシリーズ」と「グイン・サーガ」の比較)
 つまり、表ヒロイン=涼宮ハルヒ、裏ヒロイン=長門有希、横ヒロイン=朝比奈みくるです。
 この呼称の特徴づけをより詳しく見るために、栗本薫の異世界ヒロイックファンタジー『グイン・サーガ』を比較の対象に選ぶことにします。
 もっとも、『ハルヒ』と異なって女性作者の手になる『グイン・サーガ』で、比較の対象となるのは、[ヒロイン」ではなく「ヒーロー」です。
 そう、グイン・サーガには、三人のヒーローがいます。
 まず、シリーズの名ともなっている、「豹頭の超戦士グイン」です。グインが表ヒーローなのです。記憶を喪失したまま物語の冒頭に忽然と出現したグインが、自己を探究するのが表のテーマなのです。
 ところが、出番はむしろ、「狂戦士イシュトヴァーン」の方が多い。それどころか、傭兵だった時からすでに王者の風格を漂わせていたグインに比べると、港町ヴァラキアの娼婦の子として生まれ、一介の傭兵から身を起こして権謀術策の果てにゴーラ国の王座を簒奪してしまう、一代の梟雄イシュトヴァーンの方に作者が感情移入していることは、長年の読者なら手に取るようにわかる事です。

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 イシュトヴァーン一代記とは、作者の故・栗本薫さんにとって、「自分が男だったら送ってみたかった人生」だったのでしょうから(画像は『グイン・サーガ別伝6』(角川文庫)の表紙より)。
 もちろん、人気もグインを圧しています。
 つまり、裏ヒーローはイシュトヴァーンなのです。
 作者とキャラの性別が逆転していることを別とすれば、ハルヒとグイン、長門とイシュトヴァーンの類比は明らかです。
 表ヒロイン(表ヒーロー)=ハルヒ(グイン)。正体が不明である。実力は計り知れない。弱点が分からない。感情移入しずらい。神かもしれない(笑。
 オタク的男性読者にとって「自分がハルヒである世界が想像しにくい」のと同様に、腐女子的女性読者にとって「自分がグインである世界は想像しにくい」のです。
 ここに、メインヒロイン(ヒーロー)であるにもかかわらず、ハルヒやグインの人気が、長門やイシュトヴァーンに及ばない理由があります。
 裏ヒロイン(裏ヒーロー)=長門(イシュトヴァーン)。両者ともに、一途であり健気であり卓越した戦闘能力がありながら、どこか脆さと果敢なさを、一種の悲劇性を、漂わせています。オタク的腐女子的読者にとって、感情移入しやすいことも共通しています。
 では、横ヒロインの朝比奈さんに対応する「横ヒーロー」は、グイン・サーガにはいるのでしょうか。
 います。「クリスタル公アルド・ナリス」がそうです。
 ナリスと朝比奈さんは、まずその圧倒的な美貌からして共通しています。
 なにしろ「中原一の美女、流嫡の皇女オクタヴィア」が初登場した時には、「クリスタル公アルド・ナリスと同じくらい美しい」などと描写されたくらいですから(笑。
 朝比奈さんがラノベ的萌え要素満載なのと同じく、ナリスはBL的腐女子的萌え要素満載なのです。
 そして、あまりにあざとい萌え描写が、基本的に潔癖でプラトニックなオタク的腐女子的読者を遠ざけてしまい、真の萌えが裏ヒロイン(裏ヒーロー)に求められる結果となったことも、両者で共通しています。
 このように、表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロイン、と位置づけることによって、出番や人気の多寡によってメインヒロインであるだのないだのといった、不毛な議論を避けることができるのです。
 ちなみに、表ヒロイン、裏ヒロイン、横ヒロインという着想の元ネタは、歴史伝奇格闘技マンガ『修羅の刻』に出てくる陸奥圓明流の、表宗家、裏宗家、横宗家です。
 
●●●【参考文献】『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社新書メチエ、2016)●●●
 
 

2019年1月 8日 (火)

長門詩篇Ⅲ「運命が扉を二度叩いた日(前篇)」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだ対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。〕

「長門有希詩篇Ⅱ」からの続き>

■長門有希詩篇Ⅲ「運命が扉」を二度叩いた日(前篇)」

 運命が扉を二度叩いた日。
 それは、この惑星の暦で7月7日の夜。

 ここ弓状列島に古くからある伝説では、天の川を挟んで別れ別れに暮らすアルタイル(彦星)とヴェガ(織姫)とが、年に一度の逢い引きをするのだという。
 子どもたちは笹の葉に、願いを書いた短冊を吊るして彦星と織女星に祈るのだという。
 これらの星々が、それぞれ17光年彼方と25光年彼方にあるなんて、昔の人類は夢にも思わなかったに違いないけれども。

 そんなことをこの惑星に生を享けて4ヶ月のあいだに、常識豊かな朝倉涼子との会話や書物を通じて、わたしは知るにいたっていた。
 もちろん、わたしには子ども時代というものはない。
 肉体は、16歳の少女として、わずか15分で砂と大気から構成された。
  精神は、銀河を統括する情報統合思念体の端末。
  仕事は、この地域に住む、涼宮ハルヒという女子中学生の観測。

  情報統合思念体とは、銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。
 それが、銀河の辺境に位置するこの惑星に興味を持ったのは、そこに発生した有機生命体に、ありえないことに知性と呼ぶべき思索能力が芽生えたため。
 情報統合思念体はそこに、もしかしたら自分たちが陥っている自律進化の閉塞状況を打開する可能性があるかもしれないと考えた。
 これら、人類と呼ばれる有機生命体の知性が一定の水準に達した5千年前から、情報統合思念体は、観測と監視のためにわたしのような人型端末を、人類に偽装して送りこみ続けて来たのだった。

 今年に入って、この惑星表面の弓状列島の一地域に、他では類をみない異常な規模の情報フレアを観測した。その中心にいたのが涼宮ハルヒだった。
 情報統合思念体は、彼女こそ情報生命体である自分たちに、自律進化のきっかけを与える存在である可能性があると判断した。
 そして、ハルヒとその身近にいる人類と直接的にコミュニケートしてより精密な情報解析を行うべく、三体のヒューマノイド・インターフェースを送り込んだ。
 それが、朝倉涼子であり喜緑江美里であり、わたし、長門有希だった。

 涼宮ハルヒが東中に入学してからは、比較的に平穏な日々が流れていた。
 ところが、この7月7日の夜。
 児童文学書を読みふけっていたわたしは、突然、時間震を感知して頁から目を上げた。
 何者かが、時間平面連続体を垂直に貫いて、未来からこの時間平面へと移動して来たようだった。
 移動体は二体。
 移動方法は二体の一方が体内に装備しているTPDDによるもの。
 TPDDは、この惑星の人類が未来世界で開発することになる時間跳躍装置。
 つまり二体のうち一体は、この時空世界にも何体か来ている、地球人類にとっての「未来人エージェント」のひとりと推測された。
 二体が実体化した場所は、なんと、このマンションから徒歩5分の距離の駅前公園。
 続けてもう一つの時間震が発生。
 今度は移動体は一体で、やはりTPDDによるもの。ずっと遙かな、何世紀も後の未来からの時間跳躍者。
  これまた、駅前公園に実体化する。

 さらに、第三の時間震が発生。わたしが三年後の入学を期している北高に実体化したようだが、TPDD装備が確認できないので、詳しいことが把握できない。

 駅前公園に注意を戻すと、最初の時間跳躍者二体のうちの「未来人」の意識活動が消えている。
 後から来た「未来人」が、最初に来た二体のうちの一般人類らしき方へと接近する。

 これは、涼宮ハルヒに関係することなのだろうか。
 ハルヒは現在、駅前公園からやはり徒歩5分の距離にある東中の校門の傍にいる。
 生体活動はすべて正常範囲内の値。
 気がかりは、交感神経が正常値ギリギリの高い活動状態を呈していること。
 何かとんでもないことをやろうとして、気が昂ぶっている状態。
 夜の9時に中学生が学校の校門にいるのも異例なことだし。
 わたしは、東中の2年次に在籍している喜緑さんを、体内装備型通信システムで呼び出す。
 「涼宮さんが何か企んでいることは事実です。今、校門をよじ登って校庭に侵入したところです。」喜緑さんの涼やかな声が脳内で応答する。
 どうやら校舎の屋上から一部始終を見届けるつもりらしい。「校門を内側から開けて、時間跳躍者を迎え入れました。一般人の少年で、推定年齢16歳。失神したままの未来人エージェントの少女を背負っています。」
 その後、ハルヒは自分より年上のその少年を手伝わせて、校庭いっぱいに石灰で白線模様を描いたという。
 ただちに喜緑さんが、体内装備型カメラで撮影した画像を、脳内に送信してくる。

 描き終わると少年は再び少女を背負って東中から遠ざかり、喜緑さんの体内装備型赤外線スコープの視野からも脱した。
 少女は意識を取り戻したよう。
 その後の二人の行動は、まったくわたしの予想外のものだった。
 まっすぐ、このマンションをめざして近づいてくる‥‥
 こんな時、同じマンションに住んでいて頼りにすべき朝倉涼子は、目下カナダに行っている。
 脳内通信ゲートを開くが、通じない。
 情報統合思念体に緊急連絡許可を申請するが、なぜか却下される。
 もとより喜緑さんは、ハルヒに直接関連すること以外には関わってこようとはしない。
 わたし単独で、対応しなければならないようだった。

 インターフォンのチャイムが鳴る。
 「長門有希さんのお宅でしょうか」
 聞き覚えのない少年の声に、わたしは絶句する。
 なぜかわたしの名を知っている。
 「あー。何と言っていいもんか俺にもわからんのだが‥‥」
 「‥‥‥‥」
 「涼宮ハルヒの知り合いの者だ‥‥て言ったら解るか?」
 わたしは一瞬、凍りついたようになって思考を巡らす。
 涼宮ハルヒを知り、わたしのことも知っているらしい未来から来た少年。
 何者だろう。

 とにかく、開錠のボタンを押す。
 「入って」

 扉の陰から現れた見知らぬ少年は、
 「よお」と、親しい相手にするように片手をあげて笑みを浮かべた。
 その背後に隠れるようにして震えている、見知らぬ少女。未来人エージェント。
 「入れてもらっていいか?」
 無言でわたしは部屋の奥へ歩き出す。
  向き直り、ふたりが靴を脱いで上がるのを待つ。
 初めてふたりと正面から向き合う。
 少年の身長は172cm。わたしより頭2/3分は高い。
 やはり見知らぬ顔だが、少年の笑みには何か光が弾けるような感覚があった。

 少年は口ごもりながら事情を説明する。
 三年後、少年も涼宮ハルヒも未来人少女も、そしてこのわたしも、北高生としてSOS団なる部活動をしているのだという。
 「‥‥で、だ。三年後のお前はこんなものを俺にくれたんだ」
 少年が差し出す短冊には、先ほど喜緑さんから受信したばかりの、ハルヒが校庭に描いた幾何学模様と同じ模様が描かれている。

 その幾何学模様は、ハルヒが想像上の「宇宙人」に向けて、「私は、ここにいる」と発信したメッセージ。
 当の「宇宙人」であるわたしにとってはそれは、異時間同位体、つまり未来の”わたし”からの、同期指令にほかならなかった。
 わたしは短冊に指を這わせる。

 異時間同位体の当該メモリへアクセス。
 時間連結平面帯の可逆性越境情報をダウンロード。

 今、わたしは、三年後の”わたし”と記憶を共有している。
 そして、わたしは理解した。目の前にいるこの少年が、わたしの「運命」だということを。

 わたしはゆっくり眼鏡をはずす。

Photo 三年後のわたしはもう、眼鏡をしていないから。
 目の前にいる少年に、”彼”に、こう言われて以来。
 ‥‥してない方が可愛いと思うぞ。俺には眼鏡属性はないしーー

 わたしは突然、気づく。
 いままで、色のない世界に住んでいたことを。
 わたしはじっとあなたを見上げて、瞬きをする。

 「何で北高の制服着てんだ?もう入学してんのか」
 「してない。今のわたしは待機モード」
 「待機って‥‥あと三年近くも待機しているつもりなのか?」
 「そう」
 「それはまた‥‥えらく気の長い話だ。退屈じゃないのか?」
 首を横に振る、わたし。
 「役目だから」
 そういって、瞳をまっすぐ向ける。
 声にならない声が、歌となってわたしの唇から溢れる。

 ☆☆☆☆☆☆☆

 「眼鏡を外す歌」(produced and song by Yuki Nagato)

 ”‥‥してない方が可愛いと思うぞ”
 未来の記憶のなかから囁くはだれ?
 それはあなた、目の前のあなた
 三年後の世界。激しい戦闘
 体にも心にも傷を負って
 倒れたわたしをあなたは
 やさしく力強く抱き起す

 ”眼鏡の再構成を忘れた”
 ‥‥とその時わたしは言った(言うだろう?)
 ”してない方が可愛いと思うぞ”
 ‥‥とその時あなたは答えた(答えるだろう?)

 未来からの囁きにつられ
 今、わたしは、眼鏡を外す。
 その瞬間、わたしは理解した。
 今まで、色のない世界にいたことを。
 あなたからの目に見えない光を受けて、
 たった今、世界に色が与えられたことを。
 You are star
  色のない世界で見つけたの You are star
 I was snow
  星のない夜に、ひとひらの雪として
 この惑星に舞い降りた
 I was snow
 You are star
 I was snow
 You are star
         
  ☆☆☆☆☆☆☆

 でも、そのときはまだ、一時間の後に色のない世界が戻ってくるなんて、
 予想していなかった。
 運命はその日、二度扉を叩いたのだった。

 <「運命が扉を二度叩いた日(後篇)」に続く>

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

●口述筆記者あとがき:「長門有希詩篇」シリーズは、涼宮ハルヒ関連の二次創作(SS)です。SSの常としてハルヒ関連のあらゆるメディアの無断借用から成り立っていますが、今回は特に、『涼宮ハルヒの退屈』(谷川流作、角川書店)と、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」 キャラクターソング Vol.2 長門有希「雪、無音、窓辺にて」を参考にしました。
 なお、画像は、TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの「笹の葉ラプソディ」から、インターネットサイトに転載されていたものを借用しました。
 
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 

 
 

 

 

 

 
 

2019年1月 6日 (日)

夢の現象学(155):初夢はメモできず、インターネットメディアの取材に応じたような記憶の巻

■2019年1月1日。夢を見たが、寒い季節の通例でメモを怠たり、記録は3時間後。

 レム睡眠時の夢であることは確かだが、殆ど思い出せない。
 覚えているのは、何やらインターネット・メディアの取材に応じたので、送られてきた原稿をチェックしなければならない、といった話が入っていたような。
 思い出そうとしているうちに、かなり以前に見た別の夢の記憶らしきものが、微かに浮上しつつある気配。それは、ジェンダー論についての記事だったような。
 いつもながら、夢を想起しようとしているうちに、過去に見た別の夢らしき記憶が、そしてさらに過去の夢らしき記憶が‥‥というように、芋蔓式に記憶の断片が浮かび上がってくるーーというか、浮かび上がる前段階の、水面直下まで来ているのが感取される、という程度のもどかしい感覚なのだが、とにかく、夢はけっしてその夜限りの断片的なものではなく、夢同士が底の方でつながりあっていて、堅牢な構造をなしていることの、またしても例証のような夢だった。
■インターネット取材と言えば、現職時代に生命圏環境科学科で教務主任をしていた当時の、幾分かほろ苦さの混じった思い出が連想される。
 3月末ごろだった、確か、ニフティ関係のメディアだったかが、あなたの研究室の記事をニフティで紹介したいので、4月1日~3日のどれかの日程で電話取材したい、という電話をかけてきた。女性の声だった。
 4月冒頭のこの3日間は、入学式を間に挟んで教務主任は一日中ガイダンスにかかりきりの期間だ。最近の大学の日程にも無知なのかと、正直腹が立ってきて、とがった声でにべもなくことわったのだった。
 夜に自宅の方に電話してもよいとも言っていたが、自宅にまで仕事を持ち込みたくないと、これも尖った声で断った。
 いまから思えば、無理をしてでも応じればよかった。その方が、大学にとっても自分の研究にとっても広報の足しにはなっただろうにと、リタイアして以来、研究室取材を受ける機会もなくなった、今にして思うのであった。
●●●【参考文献】『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社新書メチエ、2016)●●●
 
 

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