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2018年11月27日 (火)

長門詩篇Ⅰ「わたしがこの惑星に舞い降りた夜」

〔紹介 アニメとラノベでヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』(原作:谷川流)の二次創作です。北高一年生の文芸部員で、その正体は銀河を統括する情報統合思念体が送り込んだ対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希が、運命と夢とあえかな恋とを歌い上げます。〕
■長門有希詩篇Ⅰ「わたしがこの惑星に舞い降りた夜」
 
 銀河の彼方にいたときのことは憶えていない
 わたしがわたしになったのは、白い水の結晶が舞い落ちる夜
 あとからあとから舞い落ちる、この惑星の奇蹟のひとつ
 ーーユキっていうのよーー
 誰かが、わたしの中でささやく
 ユキ‥‥ゆき‥‥雪
 この星に有り余る元素から構成されたばかりの舌という器官の上で
 わたしはこの語をころがし
 インストールされたばかりの脳内日本語辞書で変換する。
 雪‥‥ユキ‥‥由紀‥‥有紀‥‥
 有希‥‥この文字まできて、何か前方がパッと開けるような感覚があった。
 日本語辞書を脳内にさらに繰る
 希(のぞ)みが有(あ)る‥‥
 のぞみって、なに?もどかしく自分の内側に問う
 分からない。でも、この文字は、この名は
 この惑星の♀型有機知性体に多い名前。
 目立たない方がいい。わたしの任務は観測だから
 弓状列島のこの地域に棲まう、
 とある有機生命知性体の観測だから。
 これを自分の名前にしよう。
   ***

Nagatoyuki わたしはおもむろに歩き出す。
 コツ、コツ、コツ‥‥
 靴底から伝わるタイルの固さが全身を突き上げる。
 でも、この公園からどこへ?
 ザッ、ザッ、ザッ‥‥
 異質的な靴音が鼓膜に振動を届ける。
 暗い公園を見回す
 人型の影が近づく
 身長175cm。わたしよりちょうど頭一つ高い
 横幅も広い。体重78kg
 ♂型有機知性体‥‥
 いいえ、そう言ってはいけない。私は有希という人間になったのだから
 「男が近づく」と言わなければ。
 そしてわたしは少女。少女としてのこの場の適切な反応はなに?

 「ネエチャン、風邪引くよオ」
 大きな声が鼓膜を振動させる。
 警戒信号(第3度)発令
 わたしの視線が体内装備型赤外線スコープとともに
 男の顔をとらえる。
 男の視線がわたしの胸に注がれる。
 つられて思わず自分の膨らんだ胸に視線を落とす。
 「セーラー服。北高生じゃないか」
 男の視線がさらに下へと移動し、
 その目に粘っこい白い光がたたえられる。
 全身の肌に粟粒が生じる感覚
 脳内(感覚→日本語)変換辞書発動
 ‥‥オ・ゾ・マ・シ・イ‥‥ 
 警戒信号が第2度に高まる。
 「どう、オジサンと遊ばない?お小遣いあげるよ」
 ハァ、ハァと荒い息が耳にかかる。
 警戒信号第1度。防御反応準備ーー
 男の手が体に触れる寸前に、片足を蹴り出す。
 「ギャッ」という声を残し、男の体は雪舞う夜空に
 軌道計算通りの放物線を描き
 公園の反対側のひときわ高い樹影の先端にひっかかる。
 バキバキバキと音立てて地面に落下
 赤外線スコープを使って情報を解析する。
 動きはない。けれど生体反応は正常

 そのときーー
 コツ、コツ、コツ‥‥
 先ほどから微かに聞こえていた
 靴音が背後に近づいて止まる。
 「そんなことしては駄目よーー」
 振り向くと、わたしと同じ年頃の少女が立っている。
 身長160cm。わたしより少し高い。
 「この星で女の子でいることにはリスクがある。けれど、うまくやればそれを上回るメリットがあるわ」
 「あなたは‥‥」
 「あたしの名は朝倉涼子。あなたと同じ。情報統合思念体によってこの惑星に送り込まれた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」
 それから付け加えた。「そしてあなたのバックアップ」
 「知らなかった。わたしにバックアップがあったなんて」
 「まったくもう、あたしより2ランクは高性能のインターフェースだって聞いていたのに」
 そして、わたしの全身をまじまじと眺め、付け加える。
 「それに、この寒いのにセーラー服一枚だなんて」
 寒いって?
 そういえば先刻から、下肢のむき出しの部分に
 無数の針でチクチク刺されるような感覚。
 別に回避行動を要するほどではないのだけれど。
 脳内(感覚→日本語)変換辞書発動。
 ‥‥刺すような寒気‥‥
 朝倉涼子はこの星の言葉で「コート」と呼ばれる長い服をまとい、
 マフラーと呼ばれる布切れを首に巻いている。
 「おまけにもう、北高の制服。入学は三年も後のことだというのに。あなたを送り込んだ情報統合思念体主流派さんは、いったい何を考えてるのかしら」
 そして、私のからだに観察するような視線を注ぎーー「まさかね、有機体構成時にバグが発生したなんてね」

 ピーポーピーポー
 闇の中を近づいてくる音。私の中で警戒信号第3度が立ち上がりーー
 「救急車が来る。ここにいてはいけないわ」
 「でも、どこへ」
 「あたしたち、ヒューマノイド・インターフェースの秘密基地。高級マンションとこの惑星では、この地域では言ってるわ」
 くるりと背を向けて足早に歩みだす、彼女のあとを追う。
 コツコツ、コツコツ、と、二組の靴音を闇に響かせながら。
 聴覚感度を高めると、街中の靴音がワッと押し寄せて来てーー
 コツコツ響く音が♀型、じゃなかった女の、
 ザッザッという音が♂型、じゃなかった男の靴音と、
 たった今、わたしは学んだ‥‥
 この惑星で、とくに夜の公園のようなところに
 少女としてひとりいることの危険も。
 でも、うまくやればそれを上回るメリットがあるって、何?
 樹のてっぺんまで蹴り上げるのよりも、うまいやりかたって‥‥
 あとで、彼女に聞いておかなければ‥‥
 わたしは無言のまま、朝倉涼子のすらりとした後ろ姿にしたがう。
 やがて闇の中から光輝く巨大な建築が姿をあらわす。

 それが、この惑星に舞い降りた、初めての夜の記憶。
 桜の開花を前に季節外れの雪の舞った日だったと、
 あとから聞いた。
 銀河の彼方にいたときのことは、もう憶えていない。

 (原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Tsuneo Watanabe)

<「長門有希詩篇Ⅱ」に続く>

●口述筆記者註:これは、長門ss(二次創作)と呼ばれるジャンルであって、「涼宮ハルヒシリーズ」に属する原作小説やアニメやマンガや音楽、画像などありとあらゆる材料の無断借用の上に成り立っています。それがssというジャンルの特性なので、別に弁解しようとも思いません。ただし、同じ長門ssの傑作である『機械知性体たちの輪舞曲』(作:輪舞の人)にだけは、感謝の意を表しておきます。原作者以上に長門有希を深く理解しているとまで一部で評されるこの怪作を読むことがなかったなら、本詩篇も書かれることはなかったでしょう。
 今後は続篇を書き継ぐべく努めると同時に、書いた分の推敲も進めてゆく所存なので、よかったらご意見をお寄せ下さい。
 なお、本篇開始に合わせて、ブログの「プロフィール」の「一行自己紹介」も手直しして8行まで増幅して置いたので、よっぽど暇な方は御改め下さい。●

■付記 ハルヒシリーズファンにそっと秘密ネタを教えます‥‥

 下記の『人文死生学宣言』という本の執筆陣には、「消失世界」で涼宮ハルヒと古泉君が進学した高校のモデルとなった学校の先生が加わっています。
 今度会った時にでも、2003年ごろに涼宮ハルヒと古泉一樹という生徒が在籍していなかったか、尋ねてみるつもりです。
 もし在籍していたら、この現実世界とは「消失世界」であり、長門有希は世界を改変したのではなく元に戻したのであり、ハルヒの力によって宇宙人製有機アンドロイドにされていた自分を、元の人間に戻したのだという、「長門戻った説」(三浦、2018、p.161)が正しいことになるのです!?
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017)好評発売中●●●

 
 

 

 

 

 

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コメント

長門詩篇、楽しみに拝見しています。
「すごいな。渡辺先生、乙女だな」と思って拝読していましたがプロフィールの「世界秘密」に誘われてちょっとアマゾン界隈を探検したところ佐々木丸美さんの著書のレビューに「こんな『紳士』なんているわけないだろ!と同じ♂族の端くれとして、読みながらしばしば心に叫んだものでした」という記述に笑ってしまいました。
最近もこの「いるわけないだろ!」問題で私の大好きな瀬尾まいこさんが山本周五郎賞を逃してしまったので感慨深いものがありました。
男女ともに「いるわけないだろ!」をフィクションの中で反芻することって、宇宙飛行士の訓練みたいに大切だったような気が私はするんですが、どうなのでしょう。
「いるわけないだろ!」は言葉を換えれば「理想像」なわけで、それをフィクションの中で描き続けていくことで両性が思いやりを獲得できるのではないかな、…なんて。話は大きいですけどね。
光瀬龍さんはじめ知らぬ間に「世界秘密」に出会っていたことを確認する楽しいアマゾン探検でした。
詩篇の続きも楽しみにしています。
それでは。

ハア。お褒めをいただいて恐縮です。半世紀近く前の第一回SFコンテストに一席入賞した人と時々会いますが、なぜもう小説を書かないのかと訊くと、コトバが今の人とは違うからだ、という答えでした。その点、長門はガールズトークをしないから(できないから)、まだ書きやすいです。
 理想像をフィクションの中で書き続けて行くことで両性が思いやりを獲得して行く‥‥私としては意表を衝かれた着眼でした。今までは、何かと「女性性へのファンタジーじゃないの」といった批判に身構えてきたもので。瀬尾まいこさんは題に惹かれて「図書館の神様」を読んだことがありますが、たった一人の文芸部員というのが出てきて、長門もたった一人の文芸部員なので何だか影響関係があるような気もします。
 詩篇の続きはまだはっきり考えていませんが、銀河の彼方の故郷を偲ぶ宇宙人三人娘の合唱といったものも考えています(難しいかな?)

お返事ありがとうございます。渡辺先生の作品に注目している人は沢山いるっぽいです。「続き」は秘密にしなくては!
話は違いますが渡辺先生はトランスジェンダーと「おたく」をもうずっと前に結んでおられたと知り感服しています。
『シベールの月曜日』という映画が象徴的ですが男性性の本質である(ということにされている)戦争から逃げ帰った男が対等で献身的な成熟した女性を拒絶し、みなしごの少女に走ってしまう…「馬」と「風見鶏」に象徴される実存から観念への逃走みたいな感情がいま渦巻いていてどこへ落とし込めば平和なのか見えにくくなっている(している?)感じですよね。
「弱い者たちが夕暮れさらに弱いものをたたく」。
私は山本周五郎の描く女性と涼宮ハルヒにちょっぴり似た感じを持っています。
周五郎はたったひとりで強力な「負け薬」を作り続けていてそれを支えたのがストリンドベリの『青書』でした。
ストリンドベリはソフィアコワレスカヤの「天敵」だったとか。
彼を狂気から帰還させたのがスウェデンボルクで、この方は「トランスジェンダー」であったとも言われているのです。
…渡辺先生、がんばれ!
とりあえず、それしか言えません。

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