« 人文死生学研究会HP開設のお知らせ | トップページ | 新感覚のオープンアクセスジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』が、創刊に向けて原稿募集中です »

2018年2月 3日 (土)

夢の現象学(138):『失われた時を求めて』の語り手の幼少期はフッサールだという思念にウトウトしかけて落ち込んだの巻

■2018年1月28日(日)。朝6時ごろ。

 京都にいた。私を知っているという女子学生(1年生らしい)が話しかけてきた(内容は憶えていない)。どうして知っているのかと問うと、何やら独文学者の大山定一のことが出てきた。女子学生も、同志社の独文らしかた。「らしかった」というのは、京都の今出川通りの同志社の近くにいたからなのだが。若すぎるが女子学生を研究会に誘おう、と思った。研究会の別の世話人である「河瀬君」(私より背が高く色の褐色がかった、目覚めてから思い出すと見知らぬ顔)もその場にいたからだった。
 と言ったような断片をスマホに打ち込んで、また眠った。正午近くになって突然思い出して、スマホを頼りにこれだけ書いたが、憶えているのはこれだけだった。ちなみに大山定一は、私が京大に入学したときの文学部長で、一度あいさつを聞いたことがある。前年に大山定一訳で『ファウスト』を読んだばかりで、あまり感心しなかったせいもあって、さしたる印象は受けなかった。「河瀬君」というのは研究会には実在しない名前で、思い出せるのは小学校高学年での同級生だけだが、夢の中の顔とは違っていた。
■2018年1月31日早朝。
 列車がずらりと並んだターミナル駅にいた。位置的には東京駅だが、ホームの構造は、昔の上野駅や現在の井の頭線渋谷駅のようないかにも終着駅らしい「櫛型」をしていて、列車の前面が並んでいるのが見渡せるのだった。ところがなぜか、前面にはみな、工事中のような「幌」が被せられているので、行く先が分からない。私は品川あたりまで行ってそこから西の方向へ乗り換えるつもりだったらしい(山手線に乗り換えるということか?)乗換るべき駅が自分でもはっきり分からないので、とりあえず適当な「幌」をかき分けて列車に乗り込み、「横浜まで行きますか」と訊いた(ような)。
 車内は向い合せの席は(個室になっていて見えないが)ほぼ満席らしい。普通の席のちょど端の方にあった席が空いていたので、そこに座る。
 発車するとこの列車は、図に描いたような奇妙な形をして走っている(図略)。車両の一つ一つが三角の山の形をしていて、地のベージュの上に虹を巻いたような華やかな色をしているのだ。私は(なぜかこの辺で車外に出ていたが)、列車以上の猛スピードで線路に沿って走り(こんな猛スピードを人に見咎められないかと懸念しながら)、列車を追い抜くと先回りして、田園風景の中を列車が来るのを待ち構えてスマホで撮影する。
: 
■2018年1月31日午後。
 夕方4時半ごろ。R. Bernetのフッサール研究書を読んでいるうちに、理解しがたい箇所がでてきて注意が散漫になり、前夜に読んだ『失われた時を求めて』の第1巻、「私」がコンブレ―の町で過ごした幼少期を回想するシーンを思い浮かべた。
 そのとき、唐突に、「コンブレ―で幼少期を生きる『私』はフッサールだ」という思念が閃いたーーというより、堕ち込んだ。ハッと我に返って、うとうとしかけたのだと気付いた。
 フロイトが言う、人物合成という夢作業が、うとうとしかけただけで生じたのだ。図書館にて。
●●●新感覚のオープンアクセスジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』は、創刊に向けて原稿募集中です。詳しくは下記サイト参照
エピステモロジー (épistémologie)」はフランス語圏では、科学的知の批判検討を意味します。心理学を始め、精神医学、認知科学、脳神経科学、人工知能など、こころの科学と総称される領域全般に対して、批判的検討を加えることを主目的とします。詳しくは上記サイトよりダウンロードできる『創刊準備号』巻頭の「エディトリアル」を参照してください。
原著論文、研究企画、翻訳(以上は査読あり)、ブックレビュー、映像メディア時評、学会・研究会参加印象記、その他随想など幅広いジャンルの投稿を期待しています。投稿は無料です。詳しくは上記サイト中「Call for Papers」の「投稿・執筆規定」をご覧ください。

« 人文死生学研究会HP開設のお知らせ | トップページ | 新感覚のオープンアクセスジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』が、創刊に向けて原稿募集中です »

哲学」カテゴリの記事

心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501358/66354250

この記事へのトラックバック一覧です: 夢の現象学(138):『失われた時を求めて』の語り手の幼少期はフッサールだという思念にウトウトしかけて落ち込んだの巻:

« 人文死生学研究会HP開設のお知らせ | トップページ | 新感覚のオープンアクセスジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』が、創刊に向けて原稿募集中です »

電子ジャーナル:こころの科学とエピステモロジー

ブログの主の最新刊

最近の記事

無料ブログはココログ
2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

人文死生学研究会