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2018年1月13日 (土)

夢の現象学(136):地底にらせん状に降りてゆく身体感覚、高知新聞記者二人の名が思い出せない、など夢4題の巻

■2017年12月29日(金)。朝7時。夢を見た。研究者・著述家と編集者の集まりの場にいた(目覚めて全員見知らぬ顔だったと気付くが、夢の中では知っていることになっていた)。
 首都圏ではなく、「かいせん」という町らしかった。何を話したかは憶えていないが、地元の大学教師もいて、一冊も本を出していなくともこれから出すというので著述家扱いされるんだな、などと思ったことだけが記憶にある。
 そのうち、町の名所(?)の「かいせん」(「せん」は温泉の泉らしい)に行こうということになった。歩いて15分ほどだという。途中から下り坂になり、洞窟になる。螺旋を描いて下へ下へと降りて行くと、大きな平たい岩が立っていて、真ん中に穴があいている。その脇の迂回路を取ったが、振り返って、穴をくぐるのが元々の路らしいと気付いた。
 ジュウジュウと蒸気の吹き出す音がする。ここが、かいせんという湯治場らしい。由来を記した立札(?)を読む。「かいせん‥‥」どんな病気や傷に効くか、効能書きが並べてある。そのうち目が覚めた。
 螺旋を描いて地底へ降りてゆく運動感覚が、強烈に残っていた。
 ふと、過去に経験した夢の中の実在感には、たいていこの、身体感覚・運動感覚が強烈に伴っていたのではないかと、思いついた。
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■2018年1月2日。夜10時ごろ。お屠蘇でほろ酔い機嫌でベットで本を読んでいてうとうとし、夢を見た。
 葬儀の会場に臨んでいた。私が喪主だった(だから、すでに故人となっている両親のうちのどちらかの葬式と思うが、はっきりしない)。多分、私は葬儀場で一泊し、次の朝の葬式に臨んだのだと思う。ちらちら参会者がホールに見える。私は喪服を着ていたのだが、{‥‥}
 会場に入ると、思ったより参会者が来ていないが、それでも数人はいる。厳粛な雰囲気だ。ワーグナーらしい曲がBGMで鳴っている。同じワーグナーなら、最後の宇宙的に神秘的なあの曲にすればいいのに、と思う。この辺りで目が覚めた。
 あるいは目が覚めてからも、ワーグナーの最後の曲ってなんだっけ、と考えていたような。それは以前の夢でも聴いた、宇宙的に神秘的な曲らしいのだが、意識がはっきりするにつれて、ワーグナー最後の曲と言えばパルシファルで、よく知らない曲で、宇宙的というわけではない、と気づいたのだった。(1月2日。夜10時半ごろ)。
 自分が喪主なのに、誰の葬式かはっきりしないのは余りいい気分ではない。こんな夢を見た原因は、妻の母親が98歳の高齢で、肺炎で老人ホームから病院に移ったというので、年末に妻が広島県まで行ったりしたことが影響しているのだろう。妻はこの間ずっと、いつ何時、広島県まで行かねばならなくなることやら、と言い続けている。葬儀場に前夜から泊まり込みと言うのは、15年以上前の父の葬儀の際に、田舎から叔母が葬儀場に前夜から泊まり込んでいたことを連想させる。
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■2018年1月5日。早朝、夢を見た。科研費研究で自治医大にいた。その日も3人だった(現実にOさんが前回欠席)。終わって広いキャンパスを、馬車で行く。Tさんが御者をやる。席に掴まるところがなく、不安定。落ちちゃうからもっとゆっくり(と、声に出して言ったか、思っただけか)。そのうち目が覚めた。
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■2018年1月7日(日)。明け方。夢を見た。席が木製ベンチになってい
る喫茶店にいた。大きな木製の卓が2,3台あり、その周りを木製ベンチが囲むという配置だ(目覚めてから、京都百万遍の進々堂を思い出した)。
 ガヤガヤとスーツ姿の若者の中断がやってきて、卓の一つを占領した。はみ出した若者が、私がいた卓に座を占めて、私以外を若者たちが占領する図になった。
 会社の新人研修の帰り、といったところか。上役といった感じのやや年配の人が私に、「お邪魔で済みません‥‥」といった声をかけた(のかもしれない)。言葉を一つ二つ交わしているうちに、高知新聞社の社員たちだと分かった。私は、「高知新聞の記者を二人知っている‥‥」と言った、もしくは言おうとして、二人の記者の名が思い出せないのに気付いた。一人は学芸部、もう一人は論説委員室だったかな。二人とも原稿依頼の件で、何度か会い、そして二人とも、書いた原稿にマスコミ批判があった件でトラブルになってしまった。
 学芸部記者の方には、結局ボツにされてしまったので、腹いせに元原稿を高知大人文学部の講師控室に張り出してやった。論説委員室記者の方は、結局表現を穏和にして掲載された。
 そんなことがあったから、二人ともはっきり覚えているのに、名前だけは思い出せない。目が覚めてから思い出そうとしても、ダメだった。
 世界中の数少ない知人の名を全て思い出せなくなって焦った夢を、何年か前に見たことがある。今回の夢は、そんな抽象的なことでなくて、夢の中で具体的な人名を思い出せなくて、眼が覚めてもやはり思い出せない(今も)、という、極めて具体的なものだから、あまり後味がよろしくない。(1月9日、夜8時半)。
●●●『人文死生学宣言:私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2700円)が2017年11月25日に発売されました●●●

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