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2017年10月31日 (火)

夢の現象学(131):小公子が7人いたの巻/馬の代わりにライオンが牽く馬車の巻/近著『人文死生学宣言』の装幀が出来たの巻

■2017年10月24日(火)。早朝4時ごろに目を醒まし、スマホに次の3つのキーワードを打ち込んでまた眠った。
・小公子
・ふたり
・最後は7人ぐらいいて賑やかだった
 午後4時ごろ。図書館にて。キーワードを手がかりに夢想起をこころみる。
 まず、小公子のような子どもがふたりいた。一人は小公女だったかもしれない。そこで進行していた筈の物語は全く思い出せないが。
 最後の場面では、小公子だか小公女だかの子ども達が7人ぐらいいて、賑やかだった。その賑やかな印象だけが残っている。
 結局、キーワード式夢想起法を使っても、思い出せるものは余りないが、さりとてキーワードを記録していなかったなら、夢を見たこと自体を、忘れてしまっていただろうことは確かである。
■同日、7時ごろ再度めざめて、直接ノートに筆記で記録した夢。
 生物学の演習で、洋書を輪読していた。生物科から来た卒研生のSさんや、科学哲学界の大御所坂本百大先生もいたような。Sさんが担当発表を務めていた。
 最初のうち、輪読会に使っていたのは本ではなく、脳波計の一部のような奇妙な小さい装置だった。他に、IRIの小久保さんもいたように憶えている。
 次の担当者を決める段になって、私に水が向けられた。そのとき、「それは‥‥」と坂本先生かもう一人いた先生かが、私が使っている本が原書でなく訳書だと気付いたらしい。私は、「今、(原書を)アマゾンで注文しちゃいます」と言って、スマホをいじり出した。原書のタイトルを見せてもらったが、訳書とはかなりかけ離れた題だった。(朝、7時半)。
■2017年10月25日(水)。夢を見た。最初の方は例によって憶えていないが、辛うじて、栃木の自治医大で科研費研究会の次の日程を話し合っていることが、記憶に残っている。
 次の場面では、この、都合の良い日程さがしが道探しになったらしい。私はバスを運転して道を探してうろうろ走らせていたのだった。ギアをバックにしたまま後ろ向きに通常のスピードで走らせる、という荒技までやってのけていた。
 その、後ろ向き運転をしている道路に平行して、川が流れていた。川といっても街中だから両岸をコンクリで固めた大きな溝のような川だったが、私はその川床へ車を乗り入れて、運転を続けた。
 いつの間にか車は馬車になり、次にいつのまにか馬はライオンになっていた。汚い水中を、馬車を曳いて走る、荷運びライオン。
 私は、馬車(獅子車?)を降りて、建物の壁にもたれ、ライオンと並んで座った。
 この辺から私の視点は第三者視線へ脱出していたらしい。ライオンと並んで、小さな女の子が座っているのが見えるのだった。女の子は言った(もしくは考えた?)。「かわいそうなライオンさん。あたしをライオンの友だちにしてください。」女の子は、猫とじゃれる時のようにライオンに頬寄せて、念じるのだった。
 この辺で目が覚めた。
■近著『人文死生学宣言ーー私の死の謎』(渡辺恒夫・三浦俊彦・新山喜嗣/編、春秋社、2017年11月20日発売予定)の装幀が出来たと、新山氏から知らせがあった。
 前にこのブログにも書いたように、表紙に、デューラーの銅版画「騎士と死と悪魔」をあしらったものだ。ダメもとでリクエストを出しておいたところ、実現したのは望外の喜びだ。
 コピーを張り付けておく。

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コメント

先生の新刊が出るとのことで必ず買わせていただきます。三浦俊彦先生との共著ということでとても驚きでした。先生と三浦先生は勝手な思い込みですが、自我体験に関する論争を闘わせていたと記憶しており、学問上立場が大きく異なると思っていました。

三浦先生繋がりで、私の勝手なお願いなのですが先生と三浦先生の自我体験の対談を是非読んでみたいのでどこかにあげていただくことは出来ないでしょうか。以前先生のサイトに記載されていたと思うのですが、サーバーがサービスをやめてしまったようで今はリンク切れになっていて読めない状態になってしまっていてとても残念です。

コメント有難うございます。
・立場が大きく隔たっていたとしても、共編の仕事が不可能になるわけではありません。そのあたりの事情は、「まえがき」に書いておいたのでご参照ください。
・三浦さんとの自我体験の対論記録は、格納していたパソコンが代替わりしていて、すぐには見つけられない状態です。USBメモリにあるかもしれず、見つけたら何らかの方法でサイトにアップロードしておきますので、あまり期待しないでお待ちください。

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