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2017年5月21日 (日)

夢の現象学(121):10日後ばかりか3年後にタイムトラベルした夢

■2017年5月18日。明け方に見た夢。

 『人文死生学』執筆者会議に出ていた。メールで知らせて貰った通り、Nさんが担当編集者のコメントを配っていた。
 私の章の分を見ると、ほとんど何も書かれていないので、拍子抜けした。
 担当編集者は出席しないとNさんがメールで言っていたにもかかわらず、会議が終る頃には姿を現していた。
 会議室(本郷の美学研究室?)は、見学に行く予定の分譲地のすぐそばにあることになっていた。
 分譲地は、小高い土手のような所を抜けた細長いグランド様の土地で、北側に海が見えていた(最初は日本海ということになっていた)。グランドでは、どこかの大学の体育会が、100メートル競走みたいなことをやっていた。不動産屋の女性が、グランドの入口に待っていた。体育会が終るのを待っているらしい。
 分譲地見学の時間になっても、一向おわる気配がない。私は、そろそろ終わるように言うべく、100メートル競走の走路に沿って、主催者らしい若い男へ近づいていった。
 どうやら体育会も終わるらしい。若い男が立っているグランドの奥には、図(略)のように地面が小高く盛り上がり、大きな樹木の根が残っている。分譲地にすべく切ったのか、もったいないな、と思う。
 他にも分譲地見学者がいて、すでに一軒売れたらしい、といった話を聞く。広大な土地なので、似たような新築が何軒も並んで建つのだろう。けれども、辺鄙な土地で価格は安いはずで、一軒当たりの土地も広めになるはずだ。そうでなければ、こんな海に面した孤立した地域に、何軒も似たような家が建ったら、窮屈で仕方がないではないか。等と考えた。
 元の入り口の方に戻る。不動産屋の女性に、一つ売れたらしいというと、まだ売れてはいない筈だという答えだった。
 北側にある海は、日本海ではなく瀬戸内海らしい。するとここは、四国の愛媛県の瀬戸内海側かな、と推測する。こんな辺鄙な土地に移住したら、近くに図書館もないぞ。けれど、家が広いから、書斎で一日中過ごせるのかな、などと考える。また、この転居は、ちょうど、科研費「夢の現象学」プロジェクトの三年が終了するのに合わせているのだな、などとも思う。
■このあたり、すでに目が醒めているのにもかかわらず、愛媛県の海に面した分譲地を購入するという突飛な計画を、合理化するためにあれこれ考えていたような気がする。
 これはよくあるパターンで、「我に返ると、とっくに夢から醒めていた」というヤツである。
 それとも、「我に返る」まではやはり夢の世界で、「とっくに夢から醒めていた」と思うのが錯覚で、その瞬間に初めて現実世界に戻った、と考えるべきだろうか。一時この問題は保留して、前から順に考察していこう。
■まず、『人文死生学』執筆者会議が本郷の美学研究室であるというのは、10日後の実際の予定に他ならない。だから、10日後の未来へとタイムトラベルしたのであり、「予期・期待Erwartung」という「措定的準現在化」の現在化・知覚化の典型といえる。
 それがどうして、次には「近く」にある海に面した分譲地を見に行ってしまい、しかも愛媛県だということになるのだろうか。
 海の見える広い家に住みたいという空想願望が、今でも心の隅に発生しているのだろうか。「空想Fantasie」という「非措定的準現在化」が現在化し知覚化して、夢世界では愛媛県まで行ってしまった、ということか。
 そして、醒め際の覚醒に近い意識の中で、愛媛県に引っ越すのは科研費3年の終了に合せているのだろうといった合理化が働き、3年後への予期・期待へと、志向性変様が生じた、と解明可能かもしれない。
 海に面した分譲地見学という場面は同じなのに、意味が変化した。これを志向性変様として解すると、「空想」から「予期・期待」への変様となる。そのように解明できるらしい。
■5月21日(日)朝8時。長い夢。最初の方では、東邦大学にいた。建物が新しくなっていた。退職している筈なのに確保している研究室に、エレベータで出入りする。この、北側角の研究室という配置は何度も夢に出てくるが、東邦大の前に勤務していた高知大での配置だから、二つの大学の合成らしい。
 次の場面では、店にいて中国人のウェイトレスに何かを奨められるが、何か言って断っていた。
 次に、ある中年女性(活発なキャリアウーマン風の見知らぬ女性)に怪我をさせるために、事故を装って気球(?)を飛ばすところ。気球の綱を凧揚げのようにバイクで持って走りながら飛ばすのである。綱の先についた鉤爪を彼女の鼻の穴に引っ掛ける。巨大な気球が高く上がり、彼女の体が小さく黒く豆粒のように気球の前面に見えている。そのまま、気球ごと墜落。軽傷が目的なのに、これでは重傷か死亡するのではないかと、心配になる。私はその事件の関係者の「誰か」になって、バイクで追いかけながら見ている。
 と、ここまで書いて、それ以後にさらに興味深い物語展開になっていたはずなのに、完全に思い出せなくなっていることに気づく。
 このところ、スマホにキーワードを打ち込んでの夢想起法が失敗続きだったので、直接ノートに記述を始めたのだが、前から順番に書いていったところ、後半の記憶が見事に蒸発してしまった。
 それでも、忘れたということは忘れていないだけ、ましかもしれない。大部分の夢は、忘れたということさえ忘れてしまうのだから。
 と、ここまで書いて、認知症のもの忘れの特徴に、忘れたことさえ忘れてしまう、ということがあったと思いついた。
 夢の忘れやすさと認知症老人の忘れやすさには、どこか共通点がある気がする。通常の物忘れは、海馬でいったん処理を受けた記憶情報が大脳皮質に拡散して貯蔵される。だから、忘れたと言っても記憶そのものが消失するわけでなく、検索できなくなる。それが、忘れたということは(つまり思い出せないということは)知っている、という自覚になるのかもしれない。ところが、認知症や夢では、そもそも海馬から大脳皮質への情報拡散が起らないので、痕跡なく消失してしまう。それが、「忘れたということも忘れる」現象となるのかもしれない。
 そんなことを、ふと思いついた。

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コメント

はじめまして初めてコメントさせていただきます。一学生の身分である私が先生にコメントなどとても恐れ多いのですが、失礼を承知の上書かせていただきます。

自分自身、幼少期の頃から自我体験を非常に多くしてきました。「生まれる前は無だったはずだ。死んだ後も無になるはずだ。どうしてここに自分がいるんだろう」「自分はなぜ他人みたいに勝手に動く存在じゃないんだろう。自分という存在だけあって自由に動いても世の中的になんの矛盾もないはずなのに」等々。そのようなことが寝ても覚めても忘れられず、常に心の何処かにありました。そのような考えを持っていたので自然と哲学者の池田晶子氏や永井均氏の著作に触れるようになり、心理学の自我体験というものにたどり着きました。そしてあろうことか、大学院に進み自我体験の研究をし続けたいと思ってしまっています。
自分にとって自我体験は人生の意味を与えるものでした。「人生はいつか終わるのに、人類もいつか滅びるのに、宇宙もいつか終わるのに、そして自分がいた痕跡すら跡形もなくなくなるのに人生の意味はどこにあるのか?」という問いに答えるとしたら、自分のこの不思議な存在を味わうこと、人生の意味を問うことさえ今ここにいる自分の存在に包み込まれうる、というしかありません!

そこで先生に質問をさせていただきたいのですが、今後自我体験研究は何を目指してどのように進んでいくと思われますか?
研究者を目指しているならそれくらい自分で考えなさいとお叱りを受けそうですか、何か指針をいただければ幸いです。

コメント拝見しました。もちろん、おっしゃるように、自分で考えるべきことです。
 けれども、いい機会だから自我体験研究の、これから進んで行く方向を、ちょっと考えてみました。
 第一は、『子どもの自我体験』で、共訳者の高石恭子さんが解説に書いているように、臨床家によって発展しつつある方向です。つまり、自我体験が自己形成、さらには世界観形成とどのように影響しあっているかを解明して、臨床にも役立てようという方向です。臨床ばかりでなく、作家や思想家の作品の解明にも役立てられれば、文学研究などともコラボできるでしょう。
 第二に、一人称的回想データのみに依拠した自己意識発達研究へと、発展させるという方向です。
 第三に、そもそも自我体験とは何かの解明を目指すという方向です。引合いに出されているお二人とも大変すぐれた哲学者と思いますが、惜しいかな体験記述からの論理展開の、方法論がよく分かりません。方法論を提供してくれるのは現象学しかないと思っています。そして個人的には、自我体験とは何かの問いは、他者とは何か、私の死とは何かという究極の問いを目指すものだと思っています。現象学では自我体験は本格的にはあまり取り組まれていないようですが、哲学と心理学とを問わず(というか現象学では両者はひと続きだと思っています)、これからの課題になるでしょう。

丁寧なご返信ありがとうございました。お返事がいただけると思っておらず、感激しております。
私事ではありますが、自分はあの小保方晴子氏と同じく先生が教授をなされていた付属の東邦大東邦高校出身で、高校生の頃先生のお名前を知っていれば、なんとかして大学の講義に出れたのになあと後悔しておりました。自分は高校生の頃はむしろ逆に自分が当たり前だったので自我体験は皆がしていると思い、自分勝手な空想に耽っていました。このような形ではありますが、メッセージがいただけて嬉しいです。
日々精進して参りたいと思います。

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