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2017年2月23日 (木)

夢の現象学(117): 夢の中で「宇宙の無窮の時の流れの中で、なぜ今は私が生きている時間帯なのか?」と考えたの巻

■4、5日前の醒めぎわの夢の中で、「なぜ宇宙のほとんど無窮の時の流れの中で、今は私が生きている時間帯なのか?」と考えていたようだった。
 そのまま、多分、目が醒めても考えつづけ、宇宙論における人間原理と、観測者効果に
答があるらしい、と暫定的な結論を出してから、ベッドを出たのだった。ともに、三浦俊彦さんらとの議論の中で、しょっちゅう出てきた論点だ。
 このような高度に抽象的な問題を夢の中で考えることは、めったにないことだから、印象に残った。
■人間原理・〈今〉の謎・意識の超難問
 人間原理では、「なぜこの宇宙は、プランクの定数のようないくつかの主要な定数の値がこのようになっているのか。少しでもずれていたなら、私たちのような知的生命はこの宇宙に発生することはなかっただろうに。不思議だ、もしかしたら諸定数をこのようにファインチューニングしたのは神のわざではないのか」という、ヴァチカン推奨の(?)ファインチューニング説に対して、こう答える。
 「その問いは方向が逆である。たまたまこの宇宙がこのような定数を備えていたからこそ、私たちが出現して、ファインチューニングについての問いを発することができた、ということなのだ。
 同様に、「なぜ宇宙の殆ど無窮の時の流れの中で、私が生きているたかだか80年ばかりの時間帯の中に、〈いま〉が位置づけられるのか?」という問いも、「そのような問いを発することができる知的生命体が、この80年ばかりの間生きているからだ」というように答えられる。
 が、ここで、このような問いを発する知的生命体は、いま初めて現れたわけではない、ということが問題になる。17世紀にフランスのパスカルが、似たような問いを『パンセ』の中で発しているほか、同じような問いを発する知的生命体は、無数とまでいかなくとも多数存在したし、これからも存在するに違いないのだ。
 だから、「人間原理の論理」も、不完全な解にとどまってしまうだろう。
 
<未完>
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