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2016年7月の記事

2016年7月25日 (月)

夢の現象学(103):覚醒直後の数分間見当識を失うの巻/FM横浜の番組出演でみなとみらいへ行くの巻

■2016年7月25日。

 夢を見た。窓外に海辺が拡がっているマンションらしき所に住んでいた。高知の海だったかもしれない。海辺の風景以外にも、ストーリーがあったと思うが、思い出せない。

 そして、目が醒めた。醒めた直後は、現実にも窓外に海辺の風景がひろがっている、と思い込んでいたようだ。続いて、「あれ、自分はいったいどこに住んでいるんだろう」と、自問自答した。どうやら、ここは千葉らしい、と分かるまで、数分かかったのだった。見当識を喪失していたのだ。

 アラン・ホブソンの『夢に迷う脳』の冒頭にも、旅行中にホテルで目を覚まして、もっとひどい見当識喪失に陥った経験談が載っている。といっても、「ここはどこ?」は分からなくなっても、「私は誰?」までは見当識障害は及んでいなかったようだ。

 もし、毎朝目を醒ますたびごとに、「ここはどこ?私は誰?」が分からなくなって、そのつど色んな手がかりから再構成をせざるを得ないとしたら、毎朝異なる人格として目を醒ますのと、似たようなことになるだろう。人格の同一性には明証的な基準なんか存在しないという、私がこれから練り上げて行かねばならない立場にとっては、有利になる話ではないだろうか。(朝10時、総武線快速の車中にて。

■前後するが、7月23日(土)には、 FM横浜のFuturScapeという番組に生放送で出演すべく、朝7時半に千葉駅を出発して、桜木町から、みなとみらいのランドマークタワー10Fのスタジオまで行った。

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 写真左が桜木町駅前からのランドマークタワー。
 やがて動く歩道から帆船が見えてくる↓。
 

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 後で日本丸という名だと知った。そういえば、そんな名の練習帆船があったような気がする。 
 今までテレビは5~6回出たことがあるが、いつもテレビ局の方が実験室に撮影に来てく
れていた。
 ラジオもNHKの「学問新時代」と「宗教の時間」(笑)に出たことがあるが、どちらも録音ものだったので、生放送の出演はこれが最初で、かなり緊張した。
 でも、『夢の現象学・入門』の宣伝のためとあれば、やらないわけにはいかない。講談社の広報の人まで、来てくれていたし。
 

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3__2 ディレクターが作ってくれた台本とがよかったせいもあり、パーソナリティの小山薫堂さんと柳井麻稀さんが理解が早く話しやすかったためもあり、思ったより出来栄えは良かったようだ。

 終わって、スタッフの人たちも、面白かったと言ってくれた。

写真は、右が小山薫堂さん、左は柳井麻稀さん。

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その後、ホッとした勢いで、料金250円を払って、日本丸へ乗船。

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写真を並べただけになったが、最後の方の、船の写っていない写真は、ホッとして桜木町近くのビルの6Fレストランに入り、窓越しにみなとみらいの全景(?)を撮ったもの。

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2016年7月17日 (日)

夢の現象学(102):『夢の現象学・入門』が出版されたの巻

■『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社選書メチエ)が出版された。

 ほぼ同時に、翻訳書『現象学的心理学への招待』(田中彰吾・渡辺恒夫・植田嘉好子/訳、新曜社)も出版となったが、なぜかアマゾンに画像が出ない。
 それにしても、翻訳の方は3年越しの作業だったのに、選書メチエの方は今年2月になってから稿を起こして早いペースで進行し、出版が同時期になってしまった。翻訳は大変である。
■『夢の現象学・入門』の表紙画像・目次と「おすすめコメント」が、ネットで見つかったので、下記に転載しておく。特に、最後の章の「夏目漱石『夢十夜』の現象学的分析・覚書」はお勧めである。

[目次]

第1部 入門・初級篇(夢世界の基本的体験構造
誰でも分かる現象学(1)―志向性から見えてくる夢世界の原理
タイム・トラベルとしての夢、互いにつながり合った夢
別の時空に誰かとして生きている夢、入れ子構造の夢
自分が二人いる夢)
第2部 中級篇(誰でも分かる現象学(2)―フッサール現象学の基本方法
ゲーテの夢、大学生の夢、マッハの自画像―夢の第三者視点の謎
女子学生がカツオになり次に父親になる―他者変身の夢の謎)
第3部 応用篇(誰でも分かる現象学(3)―現象学と「他者」の問題
なぜ夢では他の誰かに変身できるのか―現象学的解明
夏目漱石『夢十夜』の現象学的分析・覚書)

9784062586313_600in01_2[おすすめコメント]

なぜ夢の中では架空の他者になれるのか、あるいは実在の他者になれるのか。なぜ夢の中では未来も過去もないのか。夢という体験世界の構造原理はどのようなものなのか。夢は古代以来、未来予示あるいは想い人からのメッセージとされ、近代ではフロイトによって充たされない願望の幻覚的充足と解釈されたりした。また、脳科学や進化心理学によって夢研究は大きく進展しているように見える。しかし、そのような「解明」は私たち自身の夢実感に納得のいく説明を与えるものだろうか。本書では、著者自身の夢日記や学生からの夢報告を材料として、夢という「世界」がどのような原理によって構成されそれをどのように体験しているのかを、現象学の方法によって、実際に解読していく。現象学的方法は、現実が「世界」なら夢も「世界」であるという、これまで気づかれなかった認識を鮮やかに与えてくれるものである。

2016年7月 2日 (土)

夢の現象学(101):覚め際の夢の中でヘルムホルツの投射説を批判するの巻

■2016年7月2日 久しぶりの夢日記。
 どこかの研究会かセミナーの会場のようなところにいた。
 脳科学の実験らしきことをみんなで(?)していたらしい。目ざめた直後は憶えていたが、
二時間半経った今は思い出せない。
 誰かが、実験結果の解釈について、「投影」と言ったので、「投射というんですよ」と訂正してあげた。「ヘルムホルツの投射説。ほら、中学、いや、高校の生物教科書に出て来たでしょ。ぼくは一読して、バカバカしさを覚えたけど‥‥」
 そのバカバカしさの由来を分かりやすく説明すべく、投射説は、「他人の脳」をモデルにすればもっともらしい、と言えばよいかな、等と考えつづけた。この辺で目が醒めていたのかもしれない。とにかく、他者の脳をモデルにした三人称的認識論では、他者の脳の後頭葉の興奮を、当の他者自身は外界の知覚だと感じるのだから、確かに投射説はもっともらしい。映画「マトリックス」にあったような、世界は仮想現実(バーチャルリアリティ)という通俗的脳科学も、投射説に基づいていると言っていいい。
 けれども問題は、AIに操られて作られた仮想現実という特殊な状況設定を離れて、一般に現実界は仮想現実だという、「強い仮想現実説」を、俗流脳科学が採用していることだ。それならば、
(1)そもそも、「仮想」ではない「真の」現実とは何かを、誰かが知っているということを、前提としてしまうことになる。
■(2)投射説の不適切さは、自己の脳をモデルにした一人称的認識論を採用してみれば、明らかになる。
 私の脳内興奮パターンだって、私の知覚世界の一部なのだから、私の知覚と私の脳とは、単に相関関係にあるだけで、後者が前者の原因であるという知覚の因果説は成り立たないはずなのだ。
 投射説は、認識の三人称的脳科学モデルを、安易に無反省的に一人称へと拡張することによる、カテゴリーミスティクに過ぎない‥‥。
 けれど、「他人の場合」と「自分の場合」と、認識論的に分けて考えるなどということには、一般の人々は(脳科学者の殆どすべてに加え、哲学者の多くも)、たいへんな抵抗を示すからナァ‥‥
■以上、後半は、たぶん、目覚めて後に考えたことだろう。夢の中でこんな抽象的思索ができるわけはないから。そうして、ヘルムホルツの投射説、なんてものが出てきたのは、某文庫に収められる予定の『心の科学史』(高橋澪子)のゲラ刷りに、それが出てきたのが影響していると、気がつく。この本は、20年近く前、東北大学出版会から刊行されて後、絶版になっていた。それが、文庫化の話になって、かくいう私が解説を担当することになり、あらためてゲラ刷りを通読したばかりだったのだ。
 そんなことを考え、ベット脇のスマホに「ヘルムホルツの投射説」と打ち込んですぐ、目覚ましが鳴ったのだった。
 それにしても、他人の本の解説を書くのは、自分の本を書くより余程緊張する。これ以上、推敲してもよくなりそうもないので、来週早々、送稿してしまおう。

+++【お願いェブサイトにも著作権があります。引用の際はこのウェブの著者名:渡辺恒夫を明記の上、このURL名も必ず併記して下さい。+++

フッサール心理学(38):関大での比較思想学会の後、東梅田に行くの巻

■比較思想学会でのパネル・ディスカッションは、まあ何とか無事に切り抜けた。

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写真は会場の関西大学。

私の提題「フッサール現象学による幼少期の自我体験の解明から輪廻転生へ」は、

要旨を前の記事にアップロードしておいたが、

改めて、配布資料をここに

「43thConferenceforStudiesinComparativePhilosophyWatanabe.pdf」をダウンロード

アップロードしておく。まだまだ粗削りなので、これから推敲して論文にする必要がある。

4時に終わったので、残る時間に、東梅田をぶらついた。

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4_higashiumeda

前日の難波と並んで、ここも30年前の思い出の地。
まず、阪急梅田駅から、東へ歩くと、すぐ、阪急東通りだ、確か、この通りだった。
ずっと真っ直ぐ行って、突き当たって、左に入って更に左に曲がった路地裏に、
スナックXがあったのだった。
 けれども、それらしい路地裏は見当たらなかった。
2_higashiumeda

 

そこで、少し戻って、やはり左に入り、さらに左に曲がって、これも泊まったことのある
ホテルを探した。
もちろん、あんな古いホテルが今も建っているわけないが。
位置的に、ここだ、と直感したのが、この写真だ。
この、両隣のビルに比べて比較的新しいこのビルの位置に、ホテルがあったのだった。
それにしても、前日の難波に劣らず、人出の多いこと。
前日と併せて、30年前の思い出の地を来訪できて、満足だった。
そしてあらためて、我が人生の不思議さに思いを馳せた。
+++【お願いェブサイトにも著作権があります。引用の際はこのウェブの著者名:渡辺恒夫を明記の上、このURL名も必ず併記して下さい。+++

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