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2016年4月の記事

2016年4月29日 (金)

夢の現象学(100):明治で最後の脳波実験をしていたの巻/近著『夢の現象学・入門』が7月に出るらしいの巻

■2016年4月28日(木)夢を見た。

 明治大学で、最後の睡眠脳波の実験指導をしているのだった。
 私の研究居室でもある小実験室では、卒研生が一人、作業をしていた。東邦大で「課長」という仇名だった8年ばかり前の学生と、最近の研究会で会った他の大学の院生を併せたような顔をしていた。次の間の実験室では、三年生が何人か、作業をしていた。かつて、東邦大理学部の実験室でよく見られた光景だった。
 卒研生と、脳波電極用接着剤をめぐって何か言い合っていた。「接着剤はタダで作る!」といったことを私は言っていたようだった。実際、フラスコの中には、以前手作りで製造した液体の接着剤が、大量にあった。
 次の間の実験室の窓からは、グランドが見え、ラグビー部やサッカー部の明治の選手がいた。それらの選手は、レギュラーになって多少名が出るともう、プロになってしまうのだという。
 あとは思い出せない。
■朝、例によってスマホに数語を打ち込んで、寝る前の時刻になって思いだそうと書いているのだが、結局、これくらいしか思い出せない。
 けれども、「明治大学最後の脳波実験指導」というのには、夢らしい虚構ながら懐かしい響きがある。現実には実験指導は、4年前に東邦大学を退職した時に終っていて、明治では実験指導などやっていないのだが、「最後の実験指導」とは、今年度が明治で教える最後の年に当たるということで、出て来たのに違いあるまい。
 また、「以前手作りで製造した液体の接着剤」とは、十年以上前に東邦で、それまで使っていたセロイジンという電極用接着剤が製造販売終了になってしまったので、メーカーの人に代わりの接着剤の製法を教えて貰い、ニトロセルローズにジオチルエーテルとイソプロピルアルコールを等量ずつ加えて作ったコロジオンのことだと、目覚めてから改めて思った。
 今から思うと、元々メカ音痴に近かった私が、よくそんな、化学実験の真似事までできたものだと、我ながら感心してしまう。
■近著『夢の現象学・入門』がこの7月にも出ることになった。
  これも、理科系大学の中で、文学部出身教員ながら、毎年のように卒研生を取って夢実験室を運営してきた、執念の賜物だろう。おかげでその成果が、6年前には『人はなぜ夢を見るのか』(化学同人、2010)という著書となって出たのだし、また、その最終章で予言しておいた夢の現象学という構想が、今年の夏にも、『夢の現象学・入門』(講談社選書メチエ)として出ることになった、というように、思わぬ形で結実しつつあるのだから、未来のことは分からないものである。
  『夢の現象学・入門』は、初校を渡されたところで、「あとがき」もこれから書かねばならない。書いたらまた報告することにしたい。
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2016年4月 9日 (土)

夢の現象学(99)高空を歩行する夢の巻/明治大学最後の教員懇談会に出席の巻

■4月8日(金)。高空を歩行する夢をみた。

 朝7時45分、「高空を歩く」とスマホに打ち込んだ。
 午後4時になって、このキーワードを手掛かりに想起を試みる。
 最初の方は、例によって思い出せない。
 大学の校舎の、5階か6階かの、とにかく最上階にいた。高知大学か東邦大学かは、
分からない。その階から見下ろすと、街が、飛行機かスカイツリー展望台からの眺望のように、地図のように見えた。
 次に、屋上から足を踏み出した。水の上を歩くようにして、空気の上を歩けるのだった。
 途中、高空を歩いていることの異常さに気付き、恐れを覚えた。
 この恐れによって、魔法が解けるようにして墜落するのではないか、と不安になったが、
幸いそんなことは起こらなかった。あとは憶えていないので、きっと目が醒めたのだろう。(祖師谷大蔵近くの砧図書館にて)。
■4月7日は、明治大学の学部教員懇談会に出席した。
 しばらく出なかったが、今年が5年間の明大兼任講師勤めの最後の年に当たるので、
記念にと思い、出席した。
 いよいよ最後の年が始まると思うと、お茶の水の駅からニコライ堂の敷地の裏を通る通勤の道にも、雨の中、桜の花びらが散り敷いていて、新鮮だった。
 懇親会には大勢の参加があった。その中で、SF評論家の小谷真理さんと、超心理学の小久保さんを引き合わせることができたのは、収穫だった。
 帰りは、千葉の自宅ではなく、祖師谷大蔵の家に泊まった。病を抱える身になったせいか、祖師谷通りも花吹雪で、異様に美しく思えた。
 今、書いている本のあとがきを、芭蕉の句のもじりでしめくくるということを考え付いた。
 いわゆる旅をしているわけではないが、人生は元々旅なのだから。
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 旅に病んで、夢は可能世界(モナド)をかけめぐる
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2016年4月 3日 (日)

夢の現象学(98):古代の鏡付家具調度品の撮影兼年代測定の巻/キーワード式夢想起法の完全なる失敗の巻

■3月27日 夢を見た。早朝5時ごろに一度目ざめてスマホに打ち込んだキーワードをてがかりに、総武線快速の中で再現してみる。

 長い夢だった。前の方は憶えていない。後半に入って、雑誌の付録のボール紙製インスタントカメラをいじっているのだった。数千年前の古鏡が付いた何かの家具調度品を撮影しようとしていたのだった。カメラには年代測定器も付いていたので、まず制作年代を測定しようとした。
 その時は、なぜか、自撮り用セルフタイマー付シャッターを押して撮ろうとしたが、うまくいかない。(その場には長女もいたような。)そのうちスタッフ(店員)が来て、タイマー付シャッターでなくとも映せると分かった。
 シャッターを押した。年代測定器の表示数字がどんどん遡ってゆく。ついには、AD百二十何年かを指した。古代ローマ時代か、なるほどと、納得しているうちに目が醒めた。
 なぜ、年代測定器付のボール紙製のカメラで、古代の調度品を撮影することになったかは、その前の部分に理由があったはずだが、例によって思い出せない(正午、総武快速の車中にて)。
■2016年4月1日(金)。
 夢を見た。スマホにキーワードを打ち込んでまた寝た。
 11時。図書館で、突然に思い出す。夢を見てスマホにキーワードを打ち込んだことは思い出したのだが、中身は全く思い出せない。スマホをみる。
「きょうだい」
「きらびやかな仏像」
「Kさん」
「翻訳」
 「きょうだい」が「京大」のことだとは分かるが、他は全く連想が働かない。そもそも、「きらびやかな仏像」とはいったい何ぞや?
 9時半頃にコーヒーショップに着いた時にさっそく思い出していれば、夢内容も思い出せたかもしれないのだが。
 キーワード式夢想起法で、まったく想起できなかったというのも、これが初めてだ。(11時半)。
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