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2016年1月17日 (日)

フッサール心理学(35)翻訳書の題名が『子どもの自我体験:ヨーロッパ人における自伝的記憶』に決まったの巻

■金子書房から2月末に出版予定の翻訳書の題名がほぼ決まった。

『子どもの自我体験:ヨーロッパ人における自伝的記憶』(コーンスタム著、渡辺恒夫・高石恭子、共訳、金子書房)となるらしい。
 ドイツ書からの翻訳で、かなり難渋したが、ようやく陽の目を見ることができて一安心だ。
参考までに、「訳者あとがき」の前半部分を抜粋して紹介しておきたい。そのうち、PDF版のチラシも出ると思うが、とりあえず。
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訳者あとがき 渡辺恒夫
 高石の手になる過不足のない「訳者解説」の後をうけて、あとがきとして特に記すことはあまりないが、本書を翻訳することになった経緯を追加しておきたい。
 三年ほど前、未知のオランダ人心理学者から、突然メールが届いたことから始まる。”Spiegelberg”(スピーゲルバーグ)と”I-am-me”(私は私だ)で検索したところ、あなたの論文名がヒットしたので送ってほしい、という内容だった。「訳者解説」の文献表にWatanabe (2011b)として出ている論文で、自我体験研究の海外輸出をもくろんで、イタリアのボローニャ大学から出ているEncyclopaideia誌に載せたものだった。
 さっそく電子版をお送りしたが、ほどなくして入手した本書の英語版と、その後著者から送られてきたドイツ語版を読み、私はすっかり驚いてしまった。「はしがき」にも書いたことだが、日本でだけ細々と命脈を保っているとだけ思い込んでいた自我体験研究が、オランダでも同時進行的に、しかもメディアを使って一般の人々から広く回想報告を募集するという、大々的な方法でなされていたなんて!
 それは先方も同じ思いだったようで、本書にも「今日にいたるまで、〈私は私だ(I-am-me)〉と〈スピーゲルバーグ(Spiegelberg)〉の文字をインターネット上の検索マシーンに打ち込んでも、他のいかなる情報源にもヒットすることができない」(第14章)と書かれている通り、今回初めて学術文献にヒットしたということなのだった。本書を日本の読者に紹介することで、洋の東西でそれぞれ孤立してなされていた自我体験研究の流れを融合し、「私とは何か?」という問いへの、心理学精神医学教育学哲学など人間諸科学における研究へ、ブレイクスルーをもたらすことが可能になるのではないか。そう思って、自我体験研究のかねてからの盟友である高石に連絡を取り、翻訳出版にいたったのだった。
 なお、本書の底本であるドイツ語版が二〇〇四年に出た後、‥‥(後略)
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+++【お願いェブサイトにも著作権があります。引用の際はこのウェブの著者名:渡辺恒夫を明記の上、このURL名も必ず併記して下さい。+++

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