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2014年10月の記事

2014年10月29日 (水)

夢の現象学(77):またしても予知夢?7年前のブログ最初の夢日記とそっくりの話をBBSに発見し仰天するの巻

■9月14日の夜のこと。

 以下のような記事(「【豪州】呪われた人形?‥‥」)を偶々、2ちゃんねる上で発見して、腰を抜かすほど驚いてしまった。

 なぜなら、7年前、このブログの最初の記事で書いた夢日記が、これとそっくりだったからだ。

 下に比較のため、並べて引用しておく。最初の「【豪州】呪われた人形?何故か何回捨てても手元に戻ってくる その度に家族が不可解な病気にとあるのが、今回発見した記事。その後に、「20071月2日:われは人形}」とあるのが、このブログの最初の記事で載せた私の夢日記だ。

 どう?似てるでしょう。私の夢日記で「オーストラリア人作家」が話し手で、今度の記事がまさにオーストラリアの話だ、というところまで暗合がある。

 しかも、このような、本ブログに記載した夢日記が後日実現したと言う例は、今回が初めてではない。2010年にも、「夢の現象学29:ブログ掲載済みの夢と一昨日の研究会の出来事の間にシンクロニシティが起ったの巻」で報告したように、同じような夢予知(?)が起こっているのだ。

 しかも、前回は、夢の中でのミカンお手玉ボディワークと、研究会で東海大の田中さんが報告したジャグリングの実験と言う、一点にしか一致がなかったのに対し、今回の一致度ははるかに高い。いったいこれは何なのだろう。これが、ひょっとして、『量子の宇宙でからみあう心たち』(ディーン・ラディン著、石川幹人訳、徳間書店、2009)でいう、量子縺れというものか?


 

■■【豪州】呪われた人形?何故か何回捨てても手元に戻ってくる その度に家族が不可解な病気に 09/14■■

beチェック

1 :◆CHURa/Os2M@ちゅら猫ρφ ★:2014/09/14() 02:02:40.79 ID:???

★オーストラリア、呪われた人形?家族が不可解な病気に

20140911 1159

海外メディアによると、オーストラリア・クイーンズランド州で、ウェルチさんの家庭は過去40年間、人形「sadi」を何回も捨てたが、多様な事情で手元に戻ってきた。

その度に家族は不可解な病気にかかった。

英紙「デイリーメール」の報道によると、37歳の女性ウェルチさんは不思議な人形を持っている。

その人形「sadi」は40年前に母が姉にプレゼントしたものだ。もういらないと思いゴミ箱に捨てようとしたが、何故か夫に阻止された。不思議なことに、ウェルチさんの母もその人形を捨てようとしたら、何故か父に阻止されたことが数回あったという。

どうしても人形を捨てられない父と母は、人形を包装し貯蔵室に置くと、その存在を次第に忘れていった。先日、ウェルチさんは友人と大掃除していたときに、再び人形を発見した。

そして奇妙なことに家族全員が病気になってしまった。

ウェルチさんは「13歳の息子は嫌がっているが、6歳の娘が気に入っている。犬はいつも人形に向かってほえる。この人形はちょっと奇妙なところがあるが、呪われているわけではないと思っている。この人形はただ愛されたいだけだ」と語った。(翻訳 李継東)

http://www.xinhuaxia.jp/social/46399

http://www.xinhuaxia.jp/wp-content/uploads/2014/09/1410317573525.jpg

■■20071月2日:われは人形}■■

[過去の夢日記よりの抜粋]

「われは人形」というタイトルがすぐさま付くような、短編小説のような夢をみた。

 オーストラリア人の「作家K」と、オーストラリア北部から飛行機で飛び立つと富士山が水平線に見える、といった話をしていたような……。そのうち、Kは、人形にまつわる話を始めた。

 ……まだ小学生の頃、Kは、その木製の人形を買ったのだった(人形というより、木製の小さな白鳥の置物だったかもしれない)。人形はKに、「幸運」をもたらすようだった。友達みんなが、Kの人形のことを知っていたほどだった。

 Kはいつも人形と一緒にいた。人形を捨てても、いつのまにかKの手元に舞い戻っているのだった。こころみに売り払ったことが、三度ほどあったが、それでもなぜか、いつも手元に戻ってくるのだった。……

 最後に、その「作家」の人形にまつわる長い話は、次のようなラストでしめくくられることになる。

 「友人や家族が人形を見つけたらしいけど、私に言わずに燃してしまったらしい」

 「惜しいと思わなかったのですか」と私。

 「全然。まあ、助教授のポストを捨てた、という位なら、惜しかったかもしれないですけどね……」

 「その代わり、あなたは死ぬ!」私は叫んだ。その瞬間、私は、自分が人形であることを確信していた。Kは、アッと叫ぶまもなく、固まってしまった。

 Kに手を伸ばすと、息をしていなかった。

*この夢を見たのは実は、1年半まえ(2005年の6月下旬から7月上旬の間)のことなのだが、「夢の中で私は、あたかも誰か他人によって書かれたシナリオを演じている役者のようである」という知見の例証として、抜粋しておいた。このような内容の短編小説など読んだこともないし、考えたこともない。強いていえば、33年前のSFマガジン誌上での第1SFコンテスト入選作品に、似たラスト(確か、語り手の“オレ”が相手の長い話が終わったところで正体を明らかにして殺してしまうといった)があったと憶えているが、その他の点では類似点はない。〔以下略〕■■■■


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2014年10月 8日 (水)

夢の現象学(76):目覚めてから30分もチベットに行った夢を現実と信じていたの巻

■10月8日。夢を見た。チベットのラサに行った。そこで、なにかの秘密結社に入ったようだった。

 それ以外は憶えていないが、とにかく帰国して、友人たちにその話をしていた。その場には東邦大で一時同僚だったM教授もいたようだった。そのうち目が覚めた。

 そして、次からが特筆すべきことなのだが、30分ほど後にめざましが鳴るまでの間、ベッドの中で目を瞑ったまま、チベットに行って帰ってきたことを確信していた!

■目が覚めてしばらくの間、夢を現実と思い込み続けるというのは、以前にも何度かあったことだ。

 それにしても、目覚ましが鳴るまでの数十分、本当に目が覚めていたのか、それとも、目が覚めたという夢を見ていただけなのかは、判断に迷うところだ。多分、前者なのだという気がするが。なぜならば、目覚ましの音で我に返ったことは確かであっても、目が覚めたという感覚はなかったからだ。

 けれども、本当に目が覚めていたとしたら、それはそれで、目覚めてしばらくは夢を現実と取り違えているという、困った事態を認めざるをえなくなってしまう。どうやら、夢の世界と現実世界とは、キッパリ分かれているのではなく、間に、夕暮れというか明け方の薄闇というか、グレイゾーンが横たわっているらしいのだ。

 ちなみに、秘密結社に入ったという話は、寝る前にジンメルの『秘密の社会学』を読んでいた影響に違いない。(午後2時、神田神保町のシャンソン喫茶にて)。

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