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2014年4月の記事

2014年4月22日 (火)

夢の現象学(68):水のない川底を下流へ辿るのが現象学的ライフストーリー研究だという夢の巻/フッサール心理学(23):書評をアップロードしたの巻 ■2014年4月22日(火)夢を見た。

2014422日(火)夢を見た。

最初の方では外国へ行く準備をしていた。私より年長の西洋人がいた。外見はアメデオ・ジオルジさんだったが、中身は、学生の頃に京都の植物園で出会ったアメリカ人と(ジェームズ・アンダーソンという名だったっけ)、スコットランドはスターリング大のヴァレンタインさんを混ぜたような人だった。たまたまその西洋人もパリに行くので、パリで会おうという話だった。そのうち、「それともやめようか。お互い予定もあることだし。わざわざパリで会わなくとも」と彼が言い出して、結局会わないことになった。

 ともあれ、私は出発した。外国ではなく、水の涸れた川の底を、下流へと歩くのだった。下流とは老年期を意味するので、下流へと辿ることが物語(ライフストーリー)を辿ることになるのだった。それが、フッサール現象学の一人称的読みの技法によってライフストーリー研究をすること、ということになっていた。

 川底は、所々、木立の樹冠の高さになっていて、樹冠に積もった枯葉の上にさらに土が積もって、見かけの地面を形成していた。あちこちに穴が開いていて、そこから、はるか下の本物の地面が望まれて、危険な感じだった。地面だと思っていても、いつ踏み破って落ちないとも限らない。やがて川幅の端の方で、ようやく本物の道らしい道に出た。

 途中、何人かの人に出会った。皆、下流を目指していた。バイクを押して歩いている男もいた。下流が老年を意味し、川底を辿るのがライフストーリーを現象学的に語ることだと、みんな、暗黙裡に知っているようだった。この辺で目が覚めた。

■前夜の出来事の影響がありありの夢だった。

 前日は、『科学基礎論研究』に載ったばかりの、「書評『心理学における現象学的アプローチ』(ジオルジ著)」のPDF版「bookreview014.pdf」をダウンロード を、訳者の吉田先生と出版元に宛てて、送付したのだった。だから、西洋人の外見だけは原著者のジオルジさんになった。中身の方にも心当たりがある。この書評の末尾で、Phenomenological Psychologyという本にも触れ、こちらが先に日本語に紹介された方が良かったのでは、といったことを書いた。そして、出版元の編集者に、検討して欲しい旨伝えたのだった。この本の著者は、他の二人の西洋人と共通項がある。というわけで、三人の西洋人の合成人間が出てきたのだろう。

 それにしても、水の涸れた川底を下流に向けて歩いて辿ることが、ライフストーリーを現象学的に研究することだなんて。夢による思考の具象化作用も、極まれりだ。たしかに人生は、川の流れに似てはいるのだが‥‥。


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2014年4月 5日 (土)

夢の現象学(67):小保方事件は第二のルイセンコ事件になるのか?の巻

■2014年4月5日(土)

 三日前のことになるが、夕方6時半ころ、図書館で英文文献を読んでいて、少しウトウトしかけた‥‥というところで、「自分は小保方晴子だ」という想念が浮かんだ。ハッとして目が醒めた。

 入眠時幻覚の一種だが、覚醒水準が低下すると、あっけなく自我境界が破れて、他者と同一化してしまうよい例だった。ちなみにその前日の午前中は理化学研究所によるSTAP細胞騒動の調査報告がテレビで放送されているのを見たし、夜には寝る前に、インターネットのそれ関連のサイトをサーフィンしたりして、色色考えていたところだった。小保方氏の出身高校は長年の職場の隣だし(正確には間に日大生産工学部がなぜか挟まっているので隣の隣というべきだが)、その高校でも高大連携の企画で二度ほど講義をしたことがあるので、まったくの他人ごととは思えず、強い関心を以てネットなどを検索していたところだ。

 関心のある他者と夢のなかで同一化してしまうというのは、今までもよくあったことだ。高知大学に勤めていた頃には、「私は名探偵金田一耕助になって新幹線に乗っていた」という書き出しで始まる夢を見たこともあった。

 夢のなかでしばしば他の人間として生きている、ということも、このようにして説明できるだろうか。一番の違いは、夢のなかで他人として生きているというその他人とは、現実世界では思い当たるフシがないというところだ。

■小保方事件は第二のルイセンコ事件か(2014年5月5日)

以上の夢日記記事を書いて一か月。その間、小保方氏の記者会見があり、その余りに非科学的態度に小保方氏への同情の念は全く消え失せた。それどころか、記者会見を見てバカな男どもが(衆愚の帝王たるニュースキャスター(笑)を含めて)次々に擁護派になるのを見て、これは第二のルイセンコ事件ではないかと思うようになった。

ルイセンコ事件とは、20世紀半ば、スターリン・ソ連共産党の支配下で、ルイセンコという農学者が、遺伝学をブルジョアイデオロギーと非難し、遺伝学への政治的弾圧と、ソ連農業への大打撃を、共々齎した事件だ。つまり、権力によって科学が曲げられた典型例として、今にいたるまで語り継がれている。それと小保方事件とはどういう関係があるか。

フランスの社会学者ブルデューによると、現代資本主義社会では、個人は、金銭的資本、文化的資本(学歴・教養など)、社会的資本(人脈力、コミュ力など)という三種の資本の総力をあげて競争に臨むという。

これを受けて、イギリスの新進社会学者キャサリン・ハキムはその著書『エロティック・キャピタル』(時事通信社、原題"Power of Erotic Capital")において、第4の資本としてエロス的資本をあげた。そして、現代資本主義社会では個人はこれらの資本の総力を挙げて競争に臨むとし、エロス的資本に恵まれている女性がこれを活用すべきことを説いている。

私はこれをさらに受けて、文明社会の権力関係は、1.剣の権力、2.金の権力、3.エロスの権力、の3段階を踏むと考えている(ハキム著書のアマゾン・ブックレヴューにしか公表したことはないが)。剣の力はもとより、金をもたらす長時間労働力も男性に偏っていたため、今までは男性優位社会だった。けれど、エロス的資本はハキムさんの説くように女性に偏っているため、これからの社会は女性優位になるだろう。

不正の疑いを覆すデータは何一つ提示しないまま、直前に美容院に行きブランド物で身を固め、「スタップ細胞はありまァす!」とテレビの前で言うだけで、世論の半分(つまりバカな男ども)を味方にできる。これこそ小保方氏(もしくは心理学者であるその母親?)が、何より、Power of Erotic Capitalの威力を知っていたことの表れと思える。

 ルイセンコ事件は、ソ連共産党という時代遅れの剣の権力によって、科学が歪められた象徴的な事件であった。対するに小保方事件が、ひょっとして、時代に先んじてエロスの権力によって科学が歪められるハシリとなりはしないかと、危惧するのだ。

■「コピペは不正行為」と明記している明大のレポート提出心得

私事に戻るが、明治大学情報コミュニケーション学部で兼任講師として教え始めて3年目に入った。ここでは、レポートは指定の用紙を使うようになっていて、その表紙には確認事項として、以下の項目が明記されている。

・レポート作成にあたって、活字媒体・Webサイト等に公開された著作物を引用であることを明示せずに無断使用していません。

・他人が作成した文章を、引用であることを明記せずに自作の文章としてそのまま、あるいは前後関係や語句を若干変更した状態で、レポート・論文を作成していません。

・成績評価にかかわるレポートや論文の場合、剽窃あるいは剽窃を助ける行為が認められた場合、学則に基づき定期試験での不正行為(カンニング)と同様の処分(その科目のみならず当該期の全登録科目の不合格や停学処分等)の対象となることがあります。(以下略)

今年度最初の環境心理学レポート課題を出すにあたって、小保方事件を例に挙げて、剽窃が知的所有権の侵害である旨、改めて注意を喚起しておいた。

まったく、もし小保方氏がこのような教育を学部段階から受けていれば、コピペ女王なんかにならずに済んだかもしれないと、思わないでいられない。早大先進理工学研究科と早稲田大学当局は、果断に処分に踏み切るべきであろう。うやむやにされてしまったら、「小保方さんみたいに事前にバレずに学位を取ったもの勝ち」「小保方さんだって処分されていないのに、何で私のレポートが無効にされちゃうのよ」といった声が学生の間からも出てきて、教育というものが成り立たなくなってしまうではないか。とにかく、さっさと処分してほしい。

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