« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月の記事

2013年12月25日 (水)

夢の現象学(63):またしてもユーラシア大陸最深部への旅の巻

■2013年12月25日(水)

 夢を見た。はじめの方は思い出せない。今までしばしば見た、チベットから東トルキスタン方面への、ユーラシア大陸最深部への旅が、焦点になっている夢だった。夢の中で、私は、そのような夢をまた一つ見て目覚めたのだった。その、夢の中の夢では、東トルキスタンあたりの自動車道路にいたのだった。夜なのに街灯が煌々と照らし、車が走っていた。夢の中で目が醒めて、この夢の舞台はたぶん、20世紀始めごろの時代かな、と推測していた。従来のユーラシア大陸最深部への旅の多くが、古代だったのにくらべれば、現代に近い。だからロマンもあまりなさそうだ、などと考えた。
 ところが夢の中で夢から覚めた現実では、東トルキスタンへの探検行に出発しようとしているのだった。隊員一行は4人。他の3人は見知らぬ男たちだ。ひとりが自転車を引っ張ってきた。それで荷物を運ぶらしい。そうやって、20世紀初頭の、夢の中で見た夢の時代の東トルキスタンに出発するのだった。私は、中学生の頃に登山でひとりだけへばった苦い経験を思い出して、「体力に自信がないんだが‥‥」と、口に出したか、考えたかした。
 このあたりで目が醒めた。
■夢の存在信憑の源泉としての夢同士の時間的連続性の例がここにも
 
 最近、次の大学紀要に出すことを考えている夢の現象学の論文の、テーマがようやく見えてきた。夢世界は、ある意味で存在する。では、どのような意味でか?という問いを立てるためには、比較の方法が有効だ。比較項は、第一にこの現実世界だ。第二に、他者の世界だ。つまり、「私が渡辺恒夫以外の誰か他の人間として生きている世界」だ。第三に、異時世界、つまり過去の世界と未来の世界(明日も私が生きているとしての仮定の元にだが)だ。
 フッサールは夢についてほとんど何も語っていない。ただの空想(Fantasie)であれば、疑似時間と言う時間様相を備える。疑似時間は現実の時間とことなり、一貫した時間軸上に構成されない。けれども、夢は、上記の例のように、夢同士が相互参照して、時間軸上に構成されることがある。疑似時間を超えた、もう一つの現実時間と言うべきだろう。それが、夢からの目ざめが、しばしば、「ずっしりした存在感覚を伴う実在的な世界からの放逐」として感じられることの一因かもしれない。
 
++【お願い】ウェブサイトにも著作権があります。引用の際は「プロフィール」欄を参照してこのウェブの著者名を明記の上、このURLも必ず併記して下さい。++

2013年12月24日 (火)

夢の現象学(62)/フッサール心理学(19):4年前に書いた自我体験誘発実験の夢が現実化していたの巻

■4年前にこのブログに書いた自我体験誘発実験の夢が現実化していたことに気付いた。

 このブログの、全61に上る「夢の現象学」連載記事をプリントして読んでいたところ、大変なことに気づいた。

 2009年の「夢の現象学(14):自我体験・独我論的体験を誘発する研究を夢の中でしていたの巻」の記事中に、以下のような段落があることに気付いたのだった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ある学会の分科会に出ていた。高校の教室のような小さな会場だった。夢の中では、その後、誰か分からない人に「何か面白い発表はなかったか」と問われて、「あった。自我体験を誘発する絵の発表だった」と答えて、その話をしていた。以下は、その話の内容である。

 私は、最初のうち、満員の会場の最後列にいて、臨席の若い男に、「自我体験の先生でしょう」とか話しかけられていた。それから、発表が入れ替わり、ついでに殆どの聴衆も入れ替わって、少し前の席に移動できた。そして、例の発表を聞いた。

 ‥‥なにやら、ホームレスの男にも見える略画を見せられ、「これが自画像だと思いなさい」と言われると、かなりの割合で自我体験が誘発される。そういう発表を聞いていた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 この夢を見て4年。まさに私は、自我体験誘発実験に成功し、その結果を、来年3月末に出る予定の(明治大学情報コミュニケーション学研究所発行の)『情報コミュニケーション学研究』第14号に載せることになっているのだ。学生に自画像を描かせる、という手続きも、この夢に似ているではないか。

 夢日記をつけているお蔭で、夢が現実化したという経験を何度かする破目になった。今でも印象に残っている例をあげれば、まだ高知大学にいた頃の30代のある夜のこと。総武線の鉄橋を快速で渡りながら、「いつかこの辺に住むことになるかもしれない」と考えた、という夢を見て、日記に書いたのだった。そして今、江戸川や荒川にかかる総武線の鉄橋を快速で渡る生活をしている。時々、鉄橋で渡りながら、その夢のことを思い出す‥‥

最もミステリアスなのは、「夢の現象学(29)」に書いたように、「夢の現象学27」(2010/7/4記事)で記録しておいた、ジャグリング(ミカン玉お手玉)をやっている不可解な夢が、2週間足らず後の研究会での、田中彰吾さんによるジャグリング実験ビデオ映写で現実化した、という経験だ。

 そのうち論文が出たら、ここにアップロード「johokomyunikeshon_14_83.pdf」をダウンロード することにしよう。

++【お願い】ウェブサイトにも著作権があります。引用の際は「プロフィール」欄を参照してこのウェブの著者名を明記の上、このURLも必ず併記して下さい。++

 

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

電子ジャーナル:こころの科学とエピステモロジー

ブログの主の最新刊

無料ブログはココログ
2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

人文死生学研究会