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2013年9月の記事

2013年9月22日 (日)

夢の現象学(60):夢世界での想起では過去に直接往還してしまうの巻

■ムササビのように滑空する夢を見た

 2013919日。ひさしぶりに飛ぶ夢を見た。杉の木のような巨大な丈高い樹めがけて、ムササビのように滑空するのだった。

 一人ではなく、Aさん(研究会を一緒にやっている)が同行していた。私たちはなにやら容易ならぬ思想的課題と取り組んでいて、幕末の志士のように互いに行き来していた。滑空しながら、そういった課題の一つを論じあっていた。課題そのものの中身はまったく思い出せない。

 ともあれ、Aさんが、「志士」の一人の話をした。

 「水曜日ならその人の家でサロンがあるんですが、その人は年甲斐もなく、神保町界隈に住んでいるんですよ」

 水曜ではないので、それで話題のその人の所へ行ってみよう、と言うことにはならなかったと記憶しているが、その後、別な人の家を訪ねたのだった。

 玄関に出てきた狭い顔の浅黒い男に、夢の中では見覚えがあると思い、「一度会ったような気がしますね」と言った。男も、「あの時の‥‥」といった返事を返した。

 このあたりで目が覚めた。男の顔がかなり鮮明に残った。目が覚めて、男の顔には見覚えがないことに気付いた。

 「夢世界では想起は存在しない、想起はたちどころに現前化されるからだ」といったことを、かつて『人はなぜ夢を見るのか』(化学同人、2010)で書いたことがあるが、その後、例外をいくつも経験することになってしまった。

 この夢もその一つらしい。

 男と顔を合わせた瞬間、「ある人と会った時に、男もその人と同行していた」という、夢世界に属する過去が、一瞬、想起されたようだった。

 「ようだった」と書くのは、現実世界の想起とは、現象学的に異なるような気がするからだ。過去の光景が思い浮かぶというより、直接過去へ行ってすぐに戻ってくる、という案配なのだ。(早朝4時半)。

■夢世界の想起は志向性は一重のままの時間の二重化か?

 その後、この夢の前の夢で、故佐保田鶴治師のどこかのヨーガ講習会にいたことを思い出したが、現象学的考察の材料にはならなかったので省略する。

 現実世界の想起とは異なり、夢世界では過去に直接往還するというのは、やはり夢では現実世界のような、現前プラス準現前という二重の志向性という形での想起は存在しないということだろうか。

 夢世界の想起とは、現在プラス過去なのだ。

 現実世界の想起が現在世界の志向性における二重化なら、夢世界の想起は志向性は一重のままの時間の二重化なのだ。

 そんなことを考えているうちに、2011年科学基礎論学会秋の研究例会のワークショップ『夢・時間・自己同一性の哲学』で、確か「夢・転生・フッサール現象学」といった題で、映画の「インセプション」にかこつけて話題提供したことを思い出した。

 他の話題提供者は三浦俊彦、加地大介、司会は水本正晴の諸氏だった。

 そのままにしていたが惜しいので、その折の配布資料「yume_tenshou2011.pdf」をダウンロード しておくことにしよう(921日夜8時、札幌千歳空港にて)。

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