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2013年5月 9日 (木)

夢の現象学(58)/フッサール心理学(14):久しぶりに空中歩行の夢を見るの巻/フッサール他者論の時間差解釈をアプロードの巻

■2013年5月8日久しぶりに空中歩行の夢をみた。

学会らしき会場にいた。S学会らしかった。会場は小規模の教室で、朝一番のためか、まだ十数人しか来ていない。知らない若手が多い。顔見知りのベテラン勢はいつ来るのだろうか。会場は座り机になっていて、書道教室のような配置だった。その後、いろいろな事があったような気がするが、中身は覚えていない。そのうち、久しぶりで空中歩行をしてみようと思った。まず、浮かんでみる。ホンの数センチしか足裏が床から離れないが、とにかく、できた。久しくやっていないからといって、出来なくなっているということはなかった。よかった。‥‥そうやって、床上数センチですれすれに浮かんだまま、移動してみる。他の人が気付いていたかどうかは分からないが。小刻みに、少しずつ、空中歩行をくりかえす。そのうち、目が覚めた。

夢世界での「過去」とは過去の夢であって現実世界ではないこと。

夢の中で「久しくやっていないから‥‥」と考えたのは、現実世界から見ると「久しく空中歩行の夢を見ていないから」ということになる。つまり、夢のなかの私は、他の夢を、その夢世界にとっての「過去」と見なしていたことになる。しかも、夢の中の私にとっては、どうやら、現実世界にとっての夢だけが、「現実」らしい。

 夢としても現実としても現象しない、どこかに「隠れた世界」で空中歩行の経験をしていた、ということはないようなのだ。

 以前、このブログにも書いたが、朝方に夢を見て、一度目が醒めて、二度寝をしたところ、夢の続きを見て、しかも前の夢からは「翌日」になっていた、という経験をした。これも、現実世界での覚醒睡眠のリズムが、夢世界での睡眠一覚醒の逆リズムにかなり厳密に対応していて、「現象しない、隠れた世界での私」なる存在があり得ないことを、示しているのではないだろうか。

■「フッサール他者論の時間差解釈」をアプロードしたの巻

6月に予定されている科学基礎論学会2013年度総会と講演会のための予稿集「フッサール他者論の時間差解釈ができたので、とりあえずダウンロードできるようにしておく(「2013.pdf」をダウンロード)。そのうち学会サイトにも出ると思う。『フッサール心理学宣言』(講談社)では終章とエピローグで散発的にのみ取り扱った問題を、整理して圧縮したものだ。「他者とは、すでに想起できず、いまだ予期できない私である」というのが、結論となる。

++【お願い】ウェブサイトにも著作権があります。引用の際は「プロフィール」欄を参照して著者名を明記の上、このURLも必ず併記して下さい。++

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