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2013年4月18日 (木)

夢の現象学(57):夢の中で想像するという珍しい夢

■415日。朝。夢を見た。Tさんと会っていた。

Tさんは、英語を専門とする、東邦大学の数歳年上の同僚だったが、夢のなかでは、なぜか愛媛で会っているのだった。会って別れたあとで、夢の中で思い出したことがあった――愛媛県で最初の宇宙飛行士が2人出た。一人は、たまたま愛媛県に存在する、宇宙開発機構のような施設に属する、理工系のバリバリの若手研究者だった。もう一人が、民間人として志願したTさんなのだった。この二人が、宇宙飛行に成功したのちに、歓迎集会のような場で紹介され、特にTさんが郷土の英雄として万雷の喝さいを浴びたのだった。

 ――そのような場面をありありと回想したのだった。

夢のなかでは想起され、回想されたことは、たちどころに現実化してしまう。なぜなら夢世界には仮定法がなく、想起、予期、想像は、フッサールの用語を借りるならば「準現在化」の働きは、ことごとく「現在化」して知覚となってしまうから。‥‥このように私は『人はなぜ夢を見るのか』(化学同人)の中で書いた。けれども、今回の夢で興味深かったことは、「回想」場面は確かに、単なる「ニュースについての知識」という「意味記憶」の域を超えて、鮮やかな、見てきたような「情景」となってはいたが、あくまで現在の知覚経験ではなく、伝聞に基づく過去の出来事の想像として経験していたのだった。「もし私がその時現場にいたなら経験したであろう情景」という意味での、仮定法に基づく夢情景なのだった。

 もしかしたら、宇宙飛行士歓迎会場場面が終わった時点で、実はすでに目が覚めていて、目が覚めていることに気付かないまま、その場面を、「夢の中での現在体験」ではなく「夢の中での想像体験」として位置付けたのかもしれない。

 けれども、目が覚めていることに気付かないまま夢について考え続けるとは、それもまた夢と言うべきではないのか?

++【お願い】ウェブサイトにも著作権があります。引用の際は「プロフィール」欄を参照して著者名を明記の上、このURLも必ず併記して下さい。++

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