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2012年7月21日 (土)

独我論の現象学(9):自我体験の自発的事例を『子どもの神秘生活』の中に見つけるの巻

■自我体験("I-am-me"experience)の自発的事例(spontaneous case)を『子どもの神秘生活』(コールズ著、工作舎、1997)の中に見つける

 たぶん、みつかるだろうと思って、350頁から成る分厚い本を、最初から読んでいくと、やはり、あった。最後に近い第12章(宗教にとらわれない自己探求)の中に。

 ケンブリッジの学校で美術史を教えていたとき、熱心なカトリック教徒の女の子が授業中に見た絵のスライドについてあとで聞きに来た。‥‥しかし10歳のこの少女(まだ彼女の名前も知らなかった)は私のそっけない答えにおじけづかなかった。あるいは単に理解できなかったのかもしれない。
 「わたし、夜おいのりするんだけど、ときどきあとでねながら考えてしまうの。どうしてわたしがいまここにいるのかとか、どうしてほかの人じゃなくてわたしが生まれたのかとか。そういうこと考える人はいっぱいいるはずよね。どうしても気になる人が」
 まさにそのとおり、と私はうれしくなり、にっこりしてうなずいた。そして彼女がすなおに自分のことを話してくれたことを感謝した。彼女は信心深いときもあれば、そうでないこともあると教えてくれた。パスカル同様、彼女は、根本的な疑問と孤独感の前では信仰も理性もゆらぐことを知っていたのである。(p.334-335)

 もう一つ、終章(巡礼する子どもたち)の中にも、マサチューセッツ州ローレンスの小学校5年クラスに在籍する「ジニ―」という少女の、次のような言葉をみつけた。

 「わたし早く大人になりたい。大人になれば、神様がわたしにささやいてくれるかもしれないから。‥‥お父さんは車いすにすわって人生について考える。なぜお父さんがお父さんでほかの人ではないのかとか。わたしも考えるんだ。いつか、もしかしたら死ぬすぐ前か後に、なぜわたしがわたしで、ほかの人じゃないのかわかるかもしれないね。それまで待つしかないよ。そのとき神様に会えるといい。‥‥」(p.363)

 むろん、シュピーゲルベルグの"I-am-me"experienceを(たぶん)知らないコールズには、それ以上突っ込んだ考察はない。けれども、それを差し引いても、この、The Spiritual Life of Children (1990)は素晴らしい本だ。著者も、発達心理学の本流に属する、超一流だ。それなのに、内容・著者の割には評判にならなかったのは、『植物の神秘生活』と同様のノリで訳書名が付けられたことと、出版元のニューエイジ的なイメージとがあるのかもしれない。

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