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2012年1月 2日 (月)

夢の現象学(50):大正期の日本に時間旅行者として出現する夢の巻

■2011年12月20日の夢。

 明け方、夢を見てめざめた。リハーサルしておいてまた眠った。8時起床。夢のことはすっかり忘れていたが、10時に図書館で思い出した。

 明治末か大正期といった時代にいた。なにやら見世物小屋とか芝居の舞台のような場所に紛れ込み、「研究」をしていた。明け方にはよく憶えていたのだが、今では詳しいことは思い出せない。とにかく、ある人物に注意していたのだった。

 そのうち、トイレに行きたくなって、小屋の外へ出た。スタッフらしい男に、トイレはどこか聞こうとして、この時代にはトイレという言葉は不似合いとハタと気付き、多分、こう言うのだろうと、「小便する所はどこですか」と尋ねた。教えられた通り、坂を下ってゆくと、大きなレストランのフロアみたいになってきて、先ほどから注意していた人物(の本体?)も、フロアで誰かと話しているのが見えた。この辺で目が覚めた。

■時間旅行者になってしまったのはなぜ?

 トイレという言葉がこの時代にふさわしくないなどと、反省するとは、つまり私は、この時代への時間旅行者だったのだろうか。それとも、夢世界の背景が明治大正という設定意識が先にあり、そこに、現代人としてのアイデンティティを持ち込んでしまい、そのギャップが、時間旅行者的な行動になったのだろうか。

 はっきり思い出せないが、夢の始まりの方では、多分、明治大正を舞台とした物語を、「読んで」いたのかもしれない。それが、夢によくあることだが、物語の中に入り込んでしまった。けれど、物語の読者としてのアイデンティティがどこかに残っていたため、時間旅行者的な行動になってしまったのだろう。

 最初から、私が、異なる時代の異なる人物として生きている夢とは、違うタイプの夢らしい。

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