« 独我論の現象学(7):ヘルトによるフッサール批判を知り、私が三歳の幼児として自明性の世界の只中に誕生したことを思うの巻 | トップページ | 夢の現象学(50):大正期の日本に時間旅行者として出現する夢の巻 »

2011年12月25日 (日)

夢の現象学(49):恐竜が守護する都市の門の夢を記録しつつ、リハーサルの限界を知るの巻

■二つの夢のうち、最初の夢だけを憶えていた‥‥

 2011年(平成23年)12月17日朝。

明け方、ドラマチックな夢を見て目が覚めた。枕元の筆記用具を取り上げるには寒すぎたので、記銘のためリハーサルしておいて、また眠った。

 そして、再び、同様にドラマチックな夢を見て目が覚めた。そのときは、前の夢とこの夢の両方を憶えていた。忘れないように、新らしい夢もリハーサルし、眠りに落ちた。

 朝、8時。目覚ましの楽音と共に起きたときには、最初の夢だけを思い出せて、2番目の夢は完全に蒸発してしまっていた。最初のyj目ほど長くないが、よりトリッキイな夢だったと憶えているが‥‥

 最初の夢を記録しておく。

 ■恐竜が守護する都市の門の夢

 車が長蛇の列をなして、ある都市を脱出してゆく場面から始まる。ハリウッド製のSFを見ているような感じだった。脱出の理由は思い出せない。それから色々、憶えていない事件があって、車の列は都市へ戻ることになった。そこでは私自身も、ハンドルを握る一人になっていた。

 ところが、都市の入口の、高速道路のゲートのような場所に近づくと、数頭の恐竜が長い首を差し伸べて、車が入るのを妨害している。恐竜は、都市側が、防衛のため飼っているのだった。一頭の恐竜など、口から液体を車の列に吹きかけている。液体に触れると蒸発してしまうらしい。

■夢の考察:リハーサルしても忘れるのはなぜか

 車で脱出すると言うのは、二日前の夜、テレビで、東日本大震災の際に、福島県で、津波から車で避難しようとしたところ、踏切が下りていて長蛇の列になってしまった、という話を知った影響かもしれない。けれども、恐竜が防衛する都市と言う話には心当たりがない。最後の、恐竜の長い首が荒れ回る光景だけが、鮮明に残っている。残りは、ほとんど筋書きとしてしか記憶にない。

 リハーサルしてもあまり記憶の効果がないのは、夢を逐一思い出すことをやっていないからだろう。逐一、忠実になぞっていたなら、夢を見ている持続時間と、ほとんど同じ時間がかかることになる。だから、リハーサルといっても、筋書きをなぞるだけになってしまう。

 二番目の夢にいたっては、筋書きさえ蘇ってこない。ただ、最初の夢ほどには長くないが、よりトリッキイな夢だったと言う、「印象」だけが残っている。(12月17日正午)。

:

+++++【お願い】ウェブサイトにも著作権があります。無断転載を禁じます。引用の場合は「プロフィール」欄を参照して著者名を明記の上、このURLを必ず併記して下さい+++++++

« 独我論の現象学(7):ヘルトによるフッサール批判を知り、私が三歳の幼児として自明性の世界の只中に誕生したことを思うの巻 | トップページ | 夢の現象学(50):大正期の日本に時間旅行者として出現する夢の巻 »

哲学」カテゴリの記事

心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501358/64489618

この記事へのトラックバック一覧です: 夢の現象学(49):恐竜が守護する都市の門の夢を記録しつつ、リハーサルの限界を知るの巻:

« 独我論の現象学(7):ヘルトによるフッサール批判を知り、私が三歳の幼児として自明性の世界の只中に誕生したことを思うの巻 | トップページ | 夢の現象学(50):大正期の日本に時間旅行者として出現する夢の巻 »

電子ジャーナル:こころの科学とエピステモロジー

ブログの主の最新刊

最近の記事

無料ブログはココログ
2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

人文死生学研究会