« 独我論の現象学(3):フーッサール間主観性論の難点の巻 | トップページ | 夢の現象学(46):手紙を読むのをためらってているうちに目が醒めて永久に読めなくなってしまったの巻 »

2011年6月28日 (火)

独我論の現象学(4):メンタルタイムトラヴェルとメンタルスペーストラベル再考の巻

■メンタルタイムトラヴェルとメンタルスペーストラヴェル

「独我論の現象学(1)」でも触れたことだが、両者の比較を整理してみる。

1)メンタルタイムトラヴェルとして自己の過去を想起。

問い:なぜこの、「想起」という現在時に生じている作用が、「現在」ではなく「過去」を志向していると感じられるのか。

答え:過去物語りによって。

全てを意識化する現象学的反省によって、過去想起は「過去」と言う意味を剥ぎ取られ、「現在時における」想起となる。これが、アウグスチヌスの主観的時間論。過去も未来も現在も、想起ー直観ー期待、として現在にある、という説。過去の私は、現在の私の志向的変容。

2)メンタルスペーストラヴェルとして他者の内面を想像。

問い:なぜこの想像が、「自己の」でなく「他者の」内面の想像として感じられるのか(リップス以来の問い)。

答え:その原因は、意識化できない、無意識的シミュレーションの力による(ミラーニューロンの力?)

 従って、全てを意識化する現象学的反省によって、他者の内面は「他者の」という意味を剥ぎ取られ、空間を異にした「自己の」という意味に還元される。他者は空間を異にした私の志向的変容。

3)1、2の考察を併せれば、宇宙の特異点としての「いま・ここ」がおのずと浮き彫りになってくる。「いま・ここ」を中心とした現象学的世界と、中心なき自明性の世界とは矛盾する。矛盾への気付きが、哲学上の「意識の超難問」を、発達心理学上の自我体験("I-am-me" experience)を生む。→下記文献(Watanabe,2011)参照。

4)ならば、いっそ、「いま・ここ」世界を組み合わせることで、自明性の世界を再構成しよう。そのような再構成の案の一つが、遍在転生観であった。再構成のガイドラインについては、個人サイトにリンクを貼った「宇宙のアノマリーとしての自己と他者」(日本トランスパーソナル心理学/精神医学会特別シンポジウム、2009)で触れておいた。

:

++++ブログの主の最近の関連著作++++

Watanabe, T. (2011). From Spiegelberg’s “I-am-me” Experience to the Solipsistic Experience: Towards a Phenomenological Understanding. Encyclopaideia – Journal of Phenomenology and Education, XV(29),91-114.

« 独我論の現象学(3):フーッサール間主観性論の難点の巻 | トップページ | 夢の現象学(46):手紙を読むのをためらってているうちに目が醒めて永久に読めなくなってしまったの巻 »

哲学」カテゴリの記事

心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501358/64489648

この記事へのトラックバック一覧です: 独我論の現象学(4):メンタルタイムトラヴェルとメンタルスペーストラベル再考の巻:

« 独我論の現象学(3):フーッサール間主観性論の難点の巻 | トップページ | 夢の現象学(46):手紙を読むのをためらってているうちに目が醒めて永久に読めなくなってしまったの巻 »

電子ジャーナル:こころの科学とエピステモロジー

ブログの主の最新刊

最近の記事

無料ブログはココログ
2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

人文死生学研究会