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2011年5月 5日 (木)

独我論の現象学(1):他者とは私のメンタルスペーストラヴェルであるの巻

■新シリーズ「独我論の現象学」を始めるにあたって

 2011年5月4日夜。43回続いている「夢の現象学」に加えて、新シリーズ「独我論の現象学」を始めることにした。

 きっかけは、『質的心理学研究』へ投稿中の「自我体験の現象学」が、掲載決定になったという通知を、受け取ったことだ。投稿したのが昨年10月上旬で、その間改稿が一度あって掲載決定まで6ヶ月半だから、学会誌の審査ペースとしては決して遅いほうではない。にもかかわらず、年1冊の刊行ゆえ、日の目を見るのに次の3月まで10ヶ月待つことになってしまう。

 それはともかく、今回の査読者とのやり取りと掲載決定とで、心理学的現象学の方法に自信を深めることができた。次はいよいよ、独我論の現象学に本格的に取りかかるべき時だ。

  けれども、それと平行してやらねばならないことがある。その中で間主観性が成立しているように思える自明性の世界が、いかにして構成されるかの解明だ。これが、発生的現象学の課題だ。独我論の現象学と間主観性の発生的現象学とは、コインの両面のようなもので切っても切り離せないのだ。

 なぜならば、私は確かに世界の二重性を生きているからだ。独我の世界、「唯一者」の世界と、その中で類的存在として私が生きる世界との。

 今回は、発生的現象学の試みとして、Tulvingのメンタルタイムトラヴェルに想を得てみた。それが、次の文章だ。別の学会誌の依頼論文の脚注にしようと書いたものだが、枚数超過になるのでやむを得ず削る予定の文だ。

■他者とは私のメンタルスペーストラヴェルである

心の理論説を採るにせよシミュレーション説を採るにせよ、「他者の内面」という概念はいかにして獲得され、「私の内面」と同じ「内面類」に属するものとして理解されるようになるのだろうか。心の理論説は類推説の一種であるが、マルコ・イアコボーニがシミュレーション説の先駆者として紹介しているテオドール・リップスによって論理的難点を指摘されて以来、哲学上はお払い箱になった。とはいえ、シミュレーション説でも、論理的難点は解決されてはいない。他者の身体へ移入された私の内面は、「私の」内面であって他者の内面ではないからである。リップスは、「不思議にも他者の内面として感じられてくる」といったようなことしか述べていないのだから。

 この難点に対する私の解決策は、「他者の内面」も、Neisserの言う「時間的拡張自己」から派生する、というものである。「私秘的自己」と同様にである。まず、「過去の自分」と「他者」には共通項がある。前者にはエピソード記憶+ナラティヴによって接近できるし、後者にもシミュレーション(感情移入)とナラティヴによって接近できる。加えて、エピソード記憶と感情移入には、次のような共通構造がある。

 エピソード記憶 過去についての現在の想像だが、過去の経験として理解されて、「現在の」という了解が括弧に入れられている。

 感情移入 他者についての私の想像だが、他者の経験として理解されて、「私の」という了解が括弧に入れらている。

 エピソード記憶 過去へのメンタルタイムトラヴェルである。

 感情移入 他者へのメンタルスペーストラヴェルである。

 共に、哲学的反省に対して脆弱である。つまり、反省の結果、次の矢印のようになりやすい。大森荘蔵の哲学がその例である

 エピソード記憶→過去は存在しない。記憶が現在の私の記憶に他ならない以上、過去は記憶によって制作されるのである。

 感情移入→他者は存在しない。他者の中に移入された感情が私の感情である以上、他者の感情(および内面)とは私の感情(および内面)によって制作されるのである。

 「他者が存在しない」と主張するのなら、「過去の自分も存在しない」と主張しなければならない。

 「過去の自分が存在する」と言えるなら、「他者も存在する」と言わなければならない。

 以上のテーゼは、フッサールの『省察』にある、「他我は自我の時間化である」という、謎めいた言葉とどこかで結びつくような気がするのだが。

 

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