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2011年2月24日 (木)

夢の現象学(40):夢の中の風景は夢の中でしか見覚えがないの巻

■アメリカのカナダ国境に近い町の河岸の風景

2月21日。夢を見た。アメリカを旅行していた。カナダに近い国境の町らしかった。私は変な気負いから(もしくは天邪鬼から)、飛行機も自動車も利用せず、徒歩で旅することに決めた。そうやって歩いてゆくと、広い河岸に出た。橋がない。

 頭上を、飛行機が飛び越してゆく。ああ、アメリカは、飛行機で移動するのが前提の社会なのだな、と実感した。だから、橋もないのだろう。一つだけ、それらしいのが見えたのだが、河の真ん中で折れ曲がって水面に沈んでしまっている。その、廃橋のたもとまで行くと、車が次々と乗り入れているのが見える。きっと、橋の途中でも、色々用があるのだろう‥‥。それほど、川幅が広いのだった。

 さらに行くと、河の堤防の真下に、待合所のような建物がある。中にトイレがあって、大勢の人が詰め掛けている。階段を下りて、その二階下まで行くと、そこは河側とは反対側の地上だった。霧雨のようなものが降っている。上はトイレだからその影響かもしれない、汚いな、と思った。この辺で目が覚めた。

■夢の中の風景は夢の中にしか存在しない

 不安とあせりの入り混じった、心細い夢だった。2月6日に見た、アメリカを鉄道で旅行している夢の続きのような気がした。

 大河の風景は、今も鮮やかに想い出すことができる。ちなみに連想すると、伊豆大島行きの船から見た、東京湾の工業地帯の光景が浮かんでくる。つまり、河岸と言うより、湾岸工業地帯といった、風景だった。

 けれども、そのように連想する現実風景はあっても、また、設定は、カナダに近いアメリカなのだから、去年の夏に行ったシアトルが直ちに連想されるのだが、にもかかわらず、やはり、夢の中の風景は夢の中にしか存在しない。けっして、現実の過去の風景のコピーではないところが、面白いところだ。

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