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2011年2月 9日 (水)

夢の現象学(38):夢の中でも世界の二重性を生きられるのかの巻

■世界の二重性を生きているらしい夢を見た。

 2010年2月8日。朝。夢を見た。江戸時代もしくはそれ以前の、昔の日本にいた。複雑なストーリーが展開していた。私はその物語の中で、「誰か」として生きていたようでもあり、ストーリーを、映画でも見るように楽しんでいたようでもあった。目覚まし時計の音で目が覚めたが、夢がいいところで終わってしまったのが残念だった。暫くベッドの中にいて反芻して夢を記憶に定着させようとしたが、京成電車の中で思い出してみると、内容はまったく思い出せなくなっていた。

 夢世界では現実世界と異なり、世界の二重性を生きることができない、なぜなら夢世界には仮定法がないからだ、と、昨年出版した本の中で私は書いた(『人はなぜ夢を見るのか』渡辺恒夫著、化学同人、2010)けれども、この夢のように、夢の中の登場人物として生きると同時に、夢主として夢の物語進行を、上空から俯瞰しているかのような夢と言うのは、世界の二重性を生きていることになるのではないだろうか。ただし、現実世界の中でフィクションに没入している場合のような、世界の二重性とは、また現象学的に異なる様式をもって、であるかもしれないが。

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+++ブログの主の新刊+++  

『人はなぜ夢を見るのかー夢科学四千年の問いと答え』(渡辺恒夫著、京都:化学同人、2010)

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