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2010年12月18日 (土)

夢の現象学(35):夢の中で日記を書くの巻

■過去の出来事を日記に書く夢は、夢に過去形がない説の反証ではないか。

 12月13日早朝。母が死去した夢を見た(事実ではない)。一人で母のベッド脇で付き添っていたところ、少しばかり荒い呼吸をして、それから逝った。父の死に目には会えなかったので、はじめて人の死に目に会えたと、いささか感動して思った。

 その夜、日記を書こうと思い立った。昨日、ホームを訪問したとき、「来週、浦和へ行く」という話をしたところ、「あたしも行きたいなあ」と言い出して、妻と共になだめるのに一苦労だったことも想い合わされて、死を予感したのだろうか、などとも思いながら、この体験を書き綴った(読者には申し訳ないが、個人的なことなので、はっきり分かり易く書くことができない)。

 そのうち目が覚めた。即座に、日記を書いている夢を見た、と気づいたが、日記の内容である母の死じたいは事実であることを、5~6秒間の間だが、確信していた。

 「夢には過去形がない」とは、自分でつい数ヶ月前に本に書いたことだ(『人はなぜ夢を見るのか』渡辺恒夫著、化学同人、2010)。けれども、この夢の中には、過去の出来事の日記を書く、という存在様式で以って、過去形があったといえるのではないか。

 また、読み書きの行為の世界と、読み書きの内容の物語世界の、世界の二重性を夢では生きることができないとも私は書いた。けれども、この夢の中では、日記を書く行為と書かれた母の死を体験する過去世界との、世界の二重性を、確かに生きていた。

 思うに、目覚めが近づくにつれて、夢世界特有の法則が崩れ、現実世界の法則が侵入してくるということではなかろうか。

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 +++ブログの主の新刊+++  

『人はなぜ夢を見るのかー夢科学四千年の問いと答え』(渡辺恒夫著、京都:化学同人、2010)

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