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2010年10月16日 (土)

夢の現象学(32):私を含めた飛翔人の出現で世界に壮大な何かが迫る予兆の巻

■飛翔人になった夢を見た。

 姿かたちを鳥に変えて飛ぶのである。どういういきさつでこんな鳥人間になったかは、夢の最初の方が思い出せないので分からない。

 とにかく、大空を自由自在に飛ばんものと、飛ぶ練習をしていたのだった。なぜなら、高層マンションのベランダからベランダへと飛んで行くのだが、飛び立つたびに、ひょっとして飛べなくなっていて落ちるのでは、という不安がよぎるからだった。

 ある幹線道路沿いに内陸側へと飛んでいたときもそうだった。極めて高いマンションのベランダから飛んだときは特に勇気が要った。幸い、転落防止のネットが張ってあったので、エイヤッと飛び出し、ネットをバリンと破って飛翔を続けようとした。

 そのとき、ネットにすでに破られた穴があるのが目に入った。どうやら、自分以外にも飛翔人が居るらしい(「飛翔人」の語を意図的に作ったという記憶がこの辺にある)。こうしてなぜか突然飛べるようになったのは、世界でじぶんだけかと思っていたのだが。

 なぜか不安になった。飛ぶ練習をもっと積まなければ、と思った。もう一羽の飛翔人は、ひょっとして私より巨大かもしれない、と思うと、怖くなった。だから、飛翔能力だけは鍛えておかなければ‥‥。海鳥のように、潜る術も見につけなければ‥‥。するとたちまち、道路沿いに海岸が拡がった。私は海面から潜って翼をバタつかせて練習を続けた。そのうち波に呑まれて気を失ったらしい。気がつくと、岩場に打ち上げられていた。(「親切な誰かが見つけて拾い上げてくれた」、という夢語りナレーションがこの辺で入っていた。)まさか、本当は人間だと気づかれなかったでしょうね。

 私は、ぬれた翼をバタつかせて、飛翔訓練に戻った。多少濡れていても飛べるのは有難かった。そんなことをやっているうちに、目が醒めた。大空を飛翔する感覚が、船酔いの感覚のように残っていた。10月16日(土)。朝8時半。

■壮大な物語が夢世界に迫りつつある兆の巻

 目が醒めてしまったのが残念だった。私のようになぜか鳥人間に変身する人間が徐々に増えたり、他の飛翔人に遭遇したりして、壮大な物語が幕を開ける予兆があったからだった。

 加えて、この夢世界は、記憶による現実のコピーではなく、現実世界とは別の世界、夢の中にいる限りでのもう一つの現実であることに、気づかざるをえない。

 何かが始まりそうな予兆をいっぱいに孕んだ別の世界に、私は生きていたのだ。

 しかもこの「世界」は、今朝の夢と共に新たに生成したのではなく、以前に夢の中で何度も生きたことのある、馴染みのある世界のような気がした。これからも、夢として何度か生きるかもしれない世界だ、ということが、なぜか直覚されたのだ。

 いつか私は、この夢の続きをみるだろう。

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