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2010年7月19日 (月)

夢の現象学(29):ブログ掲載済みの夢と一昨日の研究会の出来事の間にシンクロニシティが起ったの巻

■「心の科学の基礎論」研究会での神秘的な経験の巻

 一昨日は、「心の科学の基礎論」研究会に参加のため、明治大駿河台校舎まで行った。出し物は、田中彰吾さんの「身体知」と、アメリカ在住のドイツ人宗教学者Dr. Gereron Kopf による西田哲学と湯浅泰雄に関する哲学的考察という、充実した内容。

 田中さんのプレゼンで、身体知の実験例としてビデオで出てきた3つの玉によるジャグリングの実演を見ているときのこと。突然、2週間足らず前の奇妙な夢の記憶が浮かび上がってきた。この夢は、このブログの2つ前の7月4日記事「夢の現象学(27)」でアプロード済みだ。その中で、私は、両手にミカンを2つずつ、合計4つのミカンでお手玉の練習をしていたのだった。最近、ミカンによるお手玉はおろか、ジャグリングの実演さえ、TVでも現実でも見たことがない。それどころか、田中さんのビデオを見るまで、ジャグリングという言葉さえ知らなかったくらいだ。

 だから、私も、「ミカンお手玉には連想がまったくない。」と、そのブログ記事の中で書いたくらいだ。それが、ジャグリングという形で、ある意味の夢の現実化がなされているのだ。

■これがSynchronicity(意味ある偶然の一致)であることの手がかりさえ、Synchronicity(意味ある偶然の一致)として与えられていたの巻

 これが予知夢であるかどうかの考察は脇にどけて置くことにしよう。なぜなら、これをSynchronicity(意味ある偶然の一致)として理解するための手がかりが、あらかじめ、Synchronicity(意味ある偶然の一致)として与えられたからだ。開会の前、Kopfさんを囲んで、会の世話人だけでささやかな研究交流会を持った。その席でkopfさんが、 Synchronicityに興味を持っている、日本でこれについての本は出ていないか、と言い出した。私は、ユングとパウリによるドイツ語共著の日本訳しか知らないので、そのように伝えたのだった。

 つまり、この一連の意味ある偶然の一致は、次のような複雑な構造をしている。

 お手玉の夢(7月4日)→Synchronicityの話題(7月17日昼)→ジャグリングのビデオ(7月17日午後)→お手玉の夢とジャグリングのビデオの間の関係を「意味ある偶然の一致(Synchronicity)」として解釈。

■このブログを書いているのも夢の中ではないかという深刻な疑いが生じたの巻

 ‥‥と、ここまで書いてきて、このように自己言及的に出来事が起こるのは、夢世界では珍しくないこと、むしろ夢の特徴とでも言えることに気づいた。すると、この一連の不思議な出来事全体が、実は、Synchronicityという極めて抽象的な概念を図解するための、夢なのではないだろうか‥‥という深刻な疑いが生じてしまう。

 とすると、今、このブログを書いていることもまた、夢の中のことだ、ということになってしまうのだが。(7月18日夜10時)。

 

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