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2010年5月の記事

2010年5月18日 (火)

夢の現象学(26):夢の中で他の夢を現実のこととして想起するの巻

■夢の中で他の夢を想起するのは、夢は夢同士でつながりあって現実に匹敵する首尾一貫した世界を形成している証拠なのか?

 5月16日。夢を見た。新宿から私鉄(東武らしい)に乗って関東北部の見知らぬ町に下りてさまよっていた。帰ろうとして、とある駅に着いた。しかし、行先表示を見ても、新宿の名はおろか、知っている駅名がない。反対側のホームに行っても同じことだった。これでは、以前と同じことになってしまう、と思った。

 「以前」というのは、(これは目覚めてから思い返したことだが、)似たような、私鉄で戻ろうとして、行先表示に見知った駅名がないという経験を、以前、夢でしていたのだが、この夢では、現実の経験ということになっていたのだった。

 そのうちに、この駅を通過する電車が、なぜかヨタヨタといった感じで、ホームに接しないレールを通ってゆくのが、ホーム同士をつなぐ連絡橋の上から見えた。駅を後にし、別の駅を探そうと町をさまよっていると、Mさんに会った。この前、九州から大学院集中講義に来てくれた人だが、夢の中では、町の住民ということになっていた。新宿行きの路線を探していると言うと、「この辺は新宿は遠すぎる」という答え。つまり、東武鉄道はそれだけ速いので、新宿からは遠く離れた北関東の外れの方の支線に入り込んだかな、などど一人で納得していた。「甘利まで行けば何とかなる」とMさんは言うと、通りがかりのタクシーを呼び止めて、一緒に乗ってくれた。甘利とは、近くの大きな町らしい(目覚めて、最近話題の、国会で民主党女性議員を突き飛ばしたという嫌疑のかけられている自由民主党議員の名だ、と気がついた)。

 周囲の景色はさびしい田園風景だ。途中、局地的にだけ霧雨になっているので、造園のためにスプリンクラーの大規模なのをやっているのかな、などどMさんに尋ねた。「この辺の産業は何ですか」と、Mさんにともタクシーの運転手にともつかず、話しかけた。「絵ですよ」という答えが運転手から返ってきた。「写生ですよ」と言ったのかもしれない。(このあたり、夢主として自分で返答をあらかじめ考えて、運転手の口から言わせている、といった感じだ)。そう言われれば、途中、車から、道端で写生をしている高校生らしき一団を、見かけたのだった。そのうち目が醒めてしまった。

 夢の中での想起について。夢の中では、他の夢を、現実のこととして想起することがある。これは、起きている時でもそうで、ひとつの夢を思い出すと、芋づる式に他の夢が次から次へと思い出されてくることがある。

 脳科学的に説明すれば、夢の記憶は現実の記憶とはやや異なる脳の場所に、まとめて格納されているからだ、ということになるかもしれない。

認知心理学的に説明すれば、夢記憶の想起様式には、現実記憶の想起様式とはやや違う共通の特徴があるからだ、ということになるかもしれない。

 深層心理学的に言えば、複数の夢記憶は、共通の、けっして顕在的には全体を想起できない、夢世界の存在を指示しているかもしれない。ちょうど、イースター島などの太平洋の島々に残る文化や遺跡を、チャーチワードが、海面下に沈んだ広大なムー大陸の存在を指示する証拠とみなしたように。

 現象学的に言えば、現実世界における(今日は昨日の続きと言う意味での)記憶の一貫性と、夢世界における記憶の(夢世界では続きは例外という意味での)非一貫性という、非対称性が成り立たないかもしれない、ということになるだろうか。夢世界では、他の夢を、夢の中での現実の記憶(昨日の記憶)として参照できるのだから。

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2010年5月15日 (土)

夢の現象学(25):超巨大ヘビの夢を脅威のシミュレーション機構の発動として解釈するの巻

■大蛇の出てくる夢を脅威的状況の模擬実験説(threat simulation theory)で考察するの巻

 5月15日。最近、夢記録が途絶えている。数日前、大蛇の出てくる夢を見た。キーワードとして「ヘビ」を憶えて置いたが、結局、断片しか思い出せなくなった。憶えている最後の場面では、知っている家に居た。祖師谷の(両親の)家かもしれない。家の中に大蛇が侵入してきたのだった。何部屋にもわたって騒動があった気がするが、はっきり思い出せない。憶えている最後の光景は、ドアの隙間から覗いた、薄暗い部屋の中にぬっと鎌首をもたげた大蛇の正顔だった。首の太さが人間の頭囲の2倍はあるところから推定して、全長数十メートルになるかな、などと考えていたような。浮き彫りめいた模様が、表皮一面についているのが印象的だった。Photo_2

 なぜこんな非現実的な超大蛇が出てきたのだろうか。「ハリーポッターの秘密の部屋」の映画に出て来た出来の悪い張りぼてサーパンととは、全く似ていないところからして、単なる最近の記憶の再現とは考えられない。むしろ、これこそ、進化的適応環境を反映した、脅威のシミュレーションではないかと思えてくる。調査によると(Van de Castle, 1996)、大人に比べると子供の夢には、動物が出てくる割合が高く、それも、身近なペットよりも、猛獣やヘビなどの野生の動物が出てくる割合が高いという。といっても、野生動物の直接的知覚的記憶が継承された「遺伝的記憶」と解釈するよりは、脅威のシミュレーション機構を作動させるのに適した刺激が、いろんなメディアを通して目に焼きついた猛獣やヘビだった、と解すべきだろう。

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