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2010年1月 5日 (火)

夢の現象学(21):死とは夢から醒めること云々と思いにふけっていたら、夢の中で死んで目が醒めたの巻

2010年1月5日

■死とは夢から醒めること云々と思いに耽っていたら、夢の中で死んで目が醒めたの巻

 昨日、夢の中で死んだ。死に至る経緯は思い出せない。だから、死んだということだけが、記憶に残っている。そして、死んだと思ったら目が醒めた。それだけの夢だった。

 年末に、5年前の引越し荷物の最後のダンボール箱を開けて、残った本を取り出した。その中に、新宮一成さんの『夢分析』があった。かつて、教養心理学の宿題で読書感想レポートを提出させたところ、この本を題材に選んだ学生がいて、「死は無限に目覚めること‥‥」というこの本の文章を読んで、著者は精神病者ばかりを相手にしているうちにおかしくなったのかと思った、‥‥と書いていたことを思い出した。

 なるほど、ロジェ・カイヨワが『夢の現象学』の中で書いていたように、この世界が現実か夢かを判定する基準がないのであれば、死んで確かめるほかはあるまい。夢ならば、夢の中で死ねば目が醒めるのだから。ただし、今までよくあったように、目が醒めたらそれもまた夢だったという、無限背進に陥らないとも限らない‥‥といったことを、この数日、ぼんやりと考えていたのだった。そうしたところ、この夢を見たのだ。

  この夢は、いままでの記事に書いてきたようにシミュレーションであるが、現実のシミュレートというよりは、より抽象的な、思考実験である。「死とは夢から醒めることである。したがって輪廻転生とは無限に目覚めることである。この現実も夢ならば、死ぬことは目覚めることである‥‥」といった抽象的な思惟を、この夢は思考実験にかけたのだ。

:::::::::::::::::::::::::

<この項、未完>

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