« 夢の現象学(1):「はじめに」の巻・夢の世界に居たという充足感の巻・夢の世界の中で目覚めの世界について考察するの巻 | トップページ | 夢の現象学(3):目覚めても暫くは夢の中の信念が残存したの巻・『自我体験と独我論的体験:自明性の彼方へ』が出版されたの巻 »

2009年5月18日 (月)

夢の現象学(2):夢の文法に仮定法がないの巻

■夢の文法に仮定法はない、ということを実感している。
 「もし、車の免許を取った暁には、三坂峠を通って車で帰省したならば‥‥」と、覚醒した思考は、仮定法で想像し、シミュレーションする。
 けれども、夢の中でシミュレーションが始まると、定の話ではなく現実の体験となる。
 前々回の記事(5月3日日付))で、悪夢について記した。前夜から気にかかっていたことが、そのまま悪い方向へ展開した夢を見たからだ。
 起きているとき、私たちが、「まさか***になるんじゃないだろうな」と、最悪の事態を想像することがある。たとえば、「まさか、今度の検診で、不治のガンが見つかるんじゃないだろうな」といった。
 すると、その夜、不治のガンが見つかる夢を見るというわけだ。
 夢の文法に仮定法がないから、最悪の想像がそのまま夢になって、現実として体験されてしまうのだ。
 将来への確度の低い想定だけではない。反実仮想もまた、夢では現実として体験される。
 夢の文法に仮定法がない以上、まして反実仮想のような高度な文法構造はりえない。だから、たとえば、「若いうちに英会話をやっておけば」といった後悔が、若くなって英会話をペラペラしゃべっている夢となる。これを、フロイトは、夢による願望充足と呼んだ。結果として願望充足になったことは確かだが、仮定の話として後悔したり、希望したり、恐れおののいていたりしていると、夢の中ではみな、現実化してしまうのだ。

■夢の文法には過去形もない。
 夢の文法構造は単純だから、仮定法はすべて現在形として体験されてしまう。それどころか、過去形もない。だから昔の回想がすべて、現在形として体験されてしまうのだ。
 文法構造が単純な精神とは、幼児の精神だろうか。夢によって私は、幼児期の意識を再体験できるのだろうか。
 けれども、思い出せる限りのの幼児期の思い出は、今と同じ意識構造だ。たぶん、そのような意識構造が成立する以前の体験は、記憶されないのだろう。夢が滅多に記憶されないのと、同じ理由で。

■■■【お願い】ブログにも著作権があります。引用の際は、本ブログの著者名(渡辺恒夫)を明記し、併せてURLも必ず書き添えてください。■■■

« 夢の現象学(1):「はじめに」の巻・夢の世界に居たという充足感の巻・夢の世界の中で目覚めの世界について考察するの巻 | トップページ | 夢の現象学(3):目覚めても暫くは夢の中の信念が残存したの巻・『自我体験と独我論的体験:自明性の彼方へ』が出版されたの巻 »

哲学」カテゴリの記事

心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501358/64489443

この記事へのトラックバック一覧です: 夢の現象学(2):夢の文法に仮定法がないの巻:

« 夢の現象学(1):「はじめに」の巻・夢の世界に居たという充足感の巻・夢の世界の中で目覚めの世界について考察するの巻 | トップページ | 夢の現象学(3):目覚めても暫くは夢の中の信念が残存したの巻・『自我体験と独我論的体験:自明性の彼方へ』が出版されたの巻 »

電子ジャーナル:こころの科学とエピステモロジー

ブログの主の最新刊

無料ブログはココログ
2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

人文死生学研究会