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2009年5月18日 (月)

夢の現象学(1):「はじめに」の巻・夢の世界に居たという充足感の巻・夢の世界の中で目覚めの世界について考察するの巻

■ はじめに
 今度から、「夢日記」の代わりに、「夢の現象学」というタイトルを使うことにした。今まで書いてきた夢日記の記事も、そのうち夢の現象学で編集し直すつもりだ。
 夢の現象学は、フロイト、ユングらの夢の深層心理学、レム睡眠の発見に始まる夢の認知神経科学と並んで、夢研究の3本柱を形成するはずだ。にもかかわらず、他の2つに比べて、大きく立ち遅れている。
 その証拠に、夢の現象学的研究の主要文献を思い出してみても、数えるほどしかない。
・サルトル『想像力の問題』
・ロジェ・カイヨワ『夢の現象学』
・ビンスワンガー『夢と実存』
・メダルト・ボス『夢の現存在分析』
・ウスラー『世界としての夢』
 日本人の手になるものは、ほぼ皆無の状況だ。
 
 さて、夢の現象学というタイトルで、何をするのかというと、次のようなことをする。

■夢の世界にいたこと自体が充足感・幸福感の元になるという発見の巻
 5月16日。
 5時過ぎに目が覚めた。1時間ぐらい、ベッドの中にいたが、そのうち、何も夢見なかったな、とふと思った。記憶が無いのに加え、タイミングを併せ考えても、夢は見なかったと思う。1時に入眠したとして、第3回目のレム睡眠が始まるのが、5時ぐらいと計算できるからだ。レム睡眠開始直前のノンレム睡眠第1段階で、目が覚めてしまったものと思われた。
 けれどもーー何か、夢見たような気もする。その証拠に、ひとつの世界の中に存在していたという、充足感、幸福感が、残っている‥‥。
 そのうち、「三軒茶屋」というキーワードが浮かんだ。そうだ。三軒茶屋まで、世田谷線の半路面電車に乗っていったのだった。途中、同僚のCさんと乗り合わせた。行く先を訊かれて、(理由は思い出せないが)嘘を答えたような気がする。‥‥(後略)

 夢を見たこと自体、なかなか思い出せず、努力しなければ、多分、夢を見なかったのだと思い込んでいただろう。
 手がかりとなったのは、ひとつの世界に確実に生きていたという、充足感、一種の幸福感だった。これは、時たまある。その逆に、夢の世界が一種の非現実感と不安感を与えるので、別に内容的に悪夢というほどでなくとも、目覚めて安堵することもあるが。
 それにしても、ひとつの世界の中に単に存在していたというだけで、充実感、充足感、幸福感さえ伴って過去把持されるのはなぜだろう。きっと、生きて、存在していること自体が、自己充足的だからだ。だから、私たちは、何かをするためでなく、生きることが目的で生きようとする。
 一方、非現実感があると、生きている気がしなくなってくる。片目を失った子鴨が、それだけで世界が灰色に見えて、ものも食べなくなって死んでしまったという童話を、子どもの頃、読んだことがある。もちろん誇張だ。片目でも人はやがて慣れるものだ。眼鏡を初めて掛けたときはこんな非現実的な世界には生きていけないと思ったが、やがて慣れたように。
 それに対して、離人症で非現実感があれば、やはり苦痛に違いない。
 世界に現実感を与える現象学的構造は何か。五官が協調すればよい、というものでもないだろう。
 昔、学生の頃、「存在濃度」という言葉を考え出したことを思い出す。ハイデガーを専攻していた友人のS君に、その話をしたことがある。なんとなく、ハイデガーで読んだのかなと、思ったからだ。けれども、S君は、ハイデガーには存在濃度という言葉は無いよ、と首をひねっていた。
 こんな言葉を考え出したというのも、子どもの頃は、世界は今よりもはるかに高い存在濃度をもって存在していた記憶があったからだ。

■夢の側から目覚めの世界について考察できたらの巻
 夢について現象学的に考察するといっても、考察はいつも目覚めの世界にいてやるのだから、「実在」である目覚めの世界を基にして夢の世界を「説明」する、という非対称の関係になってしまう。
 夢の世界の側から、目覚めの世界について考察できないものだろうか。かつて、明晰夢の実験をやっていたころ、夢についてしきりに考えている夢を見たことがある(ノートに書いておいたはずだ)。けれども、それだって、夢についての考察であって、目覚めの世界についての考察ではなかった。
 ****この項、続く***

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