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2009年2月の記事

2009年2月20日 (金)

夢の現象学(-3):キーワードによる夢想起法

2月19日の早朝。奇妙な夢を見て目が覚めた。寒くてすぐにはメモする気になれなかったので、「繁華街」をキーワードとして憶えておくことにしてまた寝た。今は夜。このキーワードを手がかりとして、夢の最後の部分をかなり蘇らせることができた。
 --最初の部分は憶えていない。どこかの駅で鉄道を降りたのだった。少し歩けば他の路線の駅へと乗り換えられるはずだった(船橋駅の京成とJRの関係のように)。駅前は暮色が濃かった。裏寂れた、高いビルのない平面的な町だった(ここで、書きながら、たった今、年末に行った伊豆伊東の駅前風景を思い出した。木下杢太郎の生家を訪ねるため、案内の看板を見ながら眺めた風景だ)。
 けれども、歩いても歩いても目的の駅が見当たらない。道の狭い、迷路のような街並みなのだった。そのうち、線路が走っていて向こう側が海になっているのが目に入った。(そういえば、以前来た時もたしか、海岸線を走る線路があったナア)と、ひとりで納得していた。
 とにかく、駅を見つけるにはまず、繁華街を見つけなければならない。高校生か大学新入生といった年頃の少年が自転車を脇にして立っていたので、「繁華街はどこですか」と尋ねた。一瞬、とまどう顔をしたので、(まさか分からないなどと答えるのじゃないだろうな)と、不安な予感がしたが、「繁華街。繁華街はそこを突き当たって右へ行けばありますよ」と、指さした。右とは、線路へ向かう方向だ。私は礼を言って教えられた通り、突き当たって右へ曲がった。
 と、そこは何やら路地裏のような道で、大勢の上半身ほとんど裸の格好をした男たちが両側に凭れて談笑している。(なるほど、この状態を「繁華街」と形容したのか)、と変に納得して、元来た道へと引き返した。来た時とはちがって、道はやはり路地のように細くなってしまいーーというより屋内の通路のようになって曲がりくねり、しかも、向こうからも上半身裸の男がやってきて、すれ違ったのだった。おそろしく胴長で平べったく魚の白身のような異様な体つきだった。(フリークか、何やらかつて恐れられた伝染病か。するとさっき路地裏にひしめいていた男たちもそうか‥‥。)通路はあちこち机の角のようなものが出っ張っているので、触ると病気を移される気がして、さわらないようにして通路を通り抜けてゆく‥‥。そこで目が覚めた。(夜7時)
 夢記憶法には、キーワードを憶えて置くのが良い。これが、この夢からの教訓だった。

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