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2008年8月の記事

2008年8月22日 (金)

夢の中で論文を書いていた……

2008年8月21日

 夜明け前の夢。夢の中で、論文を書いていた。ベートーヴェンの有名な第五交響曲の冒頭の小節(ジャジャジャジャ~ン)が体現している不安について、フロイトとユングが説を立てている、といった論旨だった。

 「この不安は、フロイトによれば、性欲の抑圧から来るものである……」と書いていた。フロイトの有名な論文にそう述べられているのだ。ところが、「その不安が現代に特有なもので……」といったことを述べているのが、ユングの有名な論文だった。それについて、フロイトとユングは、一度話し合う機会があった。けれども、二度目に曲り角で出会ったとき、ユングは、遠くからフロイトの姿に気づいていたが、もう話すのも面倒くさいと思って、曲り角の生垣の中に隠れてしまった……。

 この場面では、私はなにやらユングになっていた。生垣というよりは潅木の中で、どんどん奥へ入って身を隠した。フロイトが、あれはユングではないかと、不審げに潅木の奥をのぞいたが、どうやら気づかれなかったようだ……

 また、醒めぎわの半覚醒の中で、しきりに、ベートーヴェンの運命は、不安というより憂愁を体現しているから、例にはふさわしくないのでは……と考えをめぐらせていた。夢の中では、ユングの説を理解していたつもりだったのに、そして目覚めて少しの間は、分かっていたはずだったのに、こうして書きとめてみると、思い出せない。しかも、夢の中では論文の論旨は理路整然としていた筈だったのに、書いてみると支離滅裂だと分かってきた。そもそもフロイトは、ベートーヴェンについて書いていないはずだ……。

 それにしても、この、論文を書いている夢というのは、数日前に読んだアラン・ホブソンの本にあった、「論文を書いている夢は見たことがない。夢の中では合理的思考が不可能だからだ」という説への反証になっている。夢の中でも論文を書くのは可能なのだ。ただし、途中で論文の中の登場人物ーーこの場合はユングーーになってしまうし、目がさめて暫くたつと、論旨は支離滅裂と分かってくる、というしかけだ。

 数年前、確かカナダに居たときも、ホブソンのーーそしてフランスのジュベのーー出来事の記憶は一週間たたなければ夢に現れない、という説を反証する夢を見て、夢日記に書き留めておいたことがあった。前の日の出来事がさっそく夢に出てきたのだ。ホブソンにしてもジュベにしても、科学性が売りの夢科学者なのだが、どうしてこう、あっさり反証されてしまうような説を立てるのだろうか。夢科学の科学性は、せいぜいのところ、状況証拠に基づいてしかいないからだろう。再現性のある実験など、夢のまた夢だからだ。

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