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2008年2月の記事

2008年2月21日 (木)

コミュニケーション障害・社会不安障害・対人恐怖・独我論的体験(その6):『会話分析・ディスコース分析』の著者よりの返事

2007/12/31付の記事(コミュニケーション障害・社会不安障害・対人恐怖・独我論的体験:その4)で、『会話分析・ディスコース分析』(新曜社、2007)を取り上げたところ、著者の鈴木聡志氏からメールがあった。以下に、鈴木氏の了解を得て、全文を引用させていただく。

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渡辺恒夫先生

東京農大の鈴木です。

この度はブログに拙著の感想をお書き頂きありがとうございます。今年に入って公私ともに忙しくなり,返事が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

>ようやく、日本人の手になる本格的な研究書が出たのは>、ともあれ喜ばしい。

お誉めいただき恐縮です。

>けれども、この学派に対する違和感は、もとのままだ。>つまり、会話分析を通じて心的概念が構成される現場を>押さえるというこの潮流は、元々、おしゃべりな人間
>向きのものではないかという疑いを、抱かないではいら>れないのだ。

同様の疑念は私ももっています。ディスコース心理学の提唱者たちにとって言葉とは第一に話し言葉のようです。しかし私を含めて東アジア人は書き言葉を重視してきました。この点で書家の石川九楊氏の考えがずっと気になっています。氏によると人間が書くのではなく,書くことによって人間主体がつくられるのだそうです。拙著の計画段階では,書くことによる主体や自己の形成も論じるつもりでしたが,力が及びませんでした。
 この問題が,先生のブログ中にある,「テクストから抽出された自己」と関係あるかどうかはわかりません。ただ,ラスコー洞窟の壁画を描いた人は描くことによって以前とは違う自己になったように思えます。

>「間」を構成する感覚要素は何なのかは分からない。少>なくとも、会話を録音して記号に移して分析するという>、ディスコース心理学の網にはかかってこないことは確>かと思える。

2つ異論があります。第一に,「間」はディスコース心理学の網にかかるかもしれません。先生は若い女性と外国人男性講師との間にコミュニケーションが成り立ったのを見たとのこと。ディスコース心理学や会話分析の研究者なら,どのようにしてコミュニケーションが成立したのかを分析すると思われます。拙著では妄想症患者のコミュニケーションを分析した研究を紹介しましたが,健康な者が統合失調患者にもつとされるプレコックス感とは木村敏氏のいう「間」が崩壊した感覚と思われます。コミュニケーションの成立も崩壊も,ディスコース心理学の網にかかる可能性があると私は考えています。
 第二に,もしディスコース心理学が新しい心理学の体系をつくろうとしていると先生がお考えなら,それは誤解です。認知革命以後の心理学が内面によって心理現象を説明しようとしてきたことに対する異議申し立てが,その提唱者たちの動機のようです。内部にあるとされている認知や自己を対人関係の領域に引っ張り出してみよう,それでどこまで説明できるかやってみよう,という試みが彼らがやっていることだと私は理解しています。ですから彼らは認知や自己で心理現象のすべてを説明しようとする傾向には批判的ですが,それらの存在を否定しているわけではありません。
 同様に生物学的基盤も否定していません。

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<![endif]>ーーこの項、続くーー

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