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2008年1月の記事

2008年1月 4日 (金)

コミュニケーション障害・社会不安障害・対人恐怖・独我論的体験 (その5: 輪廻転生について)

2008年1月3日

 年末に著者より贈られた『多宇宙と輪廻転生』(三浦俊彦著、青土社、2007)を読み始める。

 私が『輪廻転生を考える』(講談社現代新書)を出してから11年。ようやく輪廻転生の死生観に、宗教的にではなく論理的に取り組んでくるプロの哲学者が現れたのはうれしいことだ。

 もちろん彼の主張する輪廻転生は私の遍在転生とは似たところはあってもまったく発想をことにする。けれども、この本の目次を一瞥しただけでも、ダーウィン的宇宙論を背景としたその論理体系は、なかなか乗りこえがたく思える。

 けれども、序章を読んで、アレレ、と思ってしまった。 多重人格について論じている部分は無用ではないか。人格の核心をなす、「自己」(もしくは自我、<私>など、名称はなんでもいいが)とは、本来、一つ、二つ、と数えることができないものだからだ。

 通常、私たちは、自己とはひとつ、二つと数えることができる存在であることを自明としている。ところがそんな自己の自明性が破れる体験が、自我体験・独我論的体験だ。最近ようやく、論文(3月発行の質的心理学研究掲載予定)でも定義できたが、自我体験は、個別的特定的自己同一性の自明さが破れる体験、独我論的体験は、類的存在としての自己の自明性が破れる体験だ。

 ひとつ、二つと数えることができなくなるから、「他の自己」を理解するためには、「類例なき私」の過去態か未来態として理解するほかなくなる。それが、私のいう輪廻転生ということだ。けれども、この論理はやはり、心理(=心理-論理: psycho-logic)であって哲学(=哲学-論理: philosophycal logic)ではないのだろう。これを哲学-論理にまで高めるにはどうしたらよいか。そのあたりの手がかりがこの本に見つかることも、期待している。

■■■■この記事、続く■■■■

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