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2007年11月の記事

2007年11月26日 (月)

カラスに生れ変り、ゴジラと闘い、7つの月が昇る村へ行き‥‥最近の奇天烈な夢

  最近の奇天烈な夢をまとめて報告する。カラスに生れ変り、飛行機械となってゴジラと遭遇し、7つの月の昇る村へ宝探しに行き、中世インドの貿易商人が私の転生であるか否かを判別できる方法を編み出したのだった。

なお、かつて同人誌『夢と人生』に、「夢日記」と題して渡辺恒人名義で公開した夢記録を、PDFファイル化して、

「dreamdiary1970s.pdf」をダウンロード

貼り付けておく。将来的に夢の現象学的当事者研究に着手した際の、データ・プールの準備としてである。


■■■■■■{2007年10月3日:カラスに生れ変わる}■■■■■■

 京都にいた。数人の学者のグループがあった(その一人はなぜか、京都とは縁のなさそうなT大情報科学科のM教授だった。鼻の下の黒い髭が印象に残っている)。百万遍の日仏学館のような建物(以前にも夢にでてきた)の中だった。学者たちがテーブルを囲んで何か会合をしていた。このグループには生まれ変り信仰があった。友人のだれそれが死んで鳥になった、といった話をしていた。そこで私は(それまで私はどこにいたかは分からない、純粋の視線として客観的に見ていたのかもしれない)死んで鳥になることにした。するとたちまち死んでしまい、カラスになったのだった。大きなカラスだった。日仏学館の部屋のホールのように高い天井を、バタバタと飛んだ。一座の長のような年取った人物が目ざとくそれを見つけた。会合は、フランス書の輪読会らしかった。私はそのフランス語を、ガアガア鳴いて音して見せた。すると、その老人には分ったようだった。鋭い眼で私=カラスをじっとみつめた。「そういえば、Wが死んだら鳥に生れ変わって現れる、といったことを云っていたような……」と呟いた。

 そのうち、日付が変った。一座は今度はなにやら行事の相談をしていた。古来から伝承された行事だった。私はカアカアと鳴いた。するとこの泣き声も通じたらしい。「Wだけしか知らない、いにしえのことを、このカラスは知っている」といいながら、別の老人が鋭い目で見た。「カラスよお前はいったい、誰なんだ!」私は「ガア」とわざと意味なく鳴いた。私であることを知って欲しい一方、知られたらマズイ、といったような気持ちだった……。そのうち目がさめてしまった。(10月3日、朝。夢の最後の方では、もう目覚めていて、夢だと知りながら、そのストーリーが自動的に奔流のような勢いで進んでゆくのを、なかば驚きながら傍観ていたような……。)

■■■2007年8月17日:飛行機械となってゴジラに遭遇する}■■■ 

 夕暮れの駅のプラットホームにいた。

 関西のほうからはるばるやってきた列車があった。運転士が、仲間の運転士と、「まだあと……時間運転だ」と話していた。仲間の運転士は、「大変だ」とか答えていた。もう数時間は運転していたのだから、これで合計何時間の勤務になるのだろう……などと、私は、プラットホームに立って思った。位置関係からは東京駅なのだが、現実のようなにぎやかな駅ではなく、裏寂れていて、暮色がただよっていた。

 それから私は、空を飛んで、列車が来た元のほうへーー関西へ、出発した。物凄いスピードで飛べるのだった。身体も竹とんぼのような、大きなプロペラが前面に一個付いた姿になっていた。そして、なぜか、私は「機械」であって生物ではないことの誇りに充たされていた。

 そうやって、列車が走ってきた線路の上を滑空して、どこまでも飛行した。プロペラ音を響かせながら。

 関西にほど近いあたりに、動物園が見えてきた。動物たちにちょっかいを出してみたくなった。機械の動物に対する優位性を確かめるために。巨大な猛獣のまわりを飛び回ってからかった。そのうち、広い野原に出た。ゴジラがいた。あまり大きくないから子供ゴジラだろうか(?)その鼻先を、からかうように飛び回った。映画で見たゴジラとちがい、身体が柔らかくて軟体動物のようなゴジラだった。

 そのうち、対ゴジラ秘密兵器であるオキシ……ライザー(映画で初代ゴジラを倒した化学兵器)のことが、出てきた。ブンブン飛び回る竹とんぼ機械の私は、いまや、客観的に他者となって、ゴジラの体を分析しているのだ(この化学兵器を使う準備としてか……)。やがて、ゴジラも元は人間だと分析できた。人間の中のゴジラ的な部分が限りなく拡大した怪物だったのだ(そのような存在として、ゴジラはもと男なのか?女ゴジラというのはいるのか、などと考えた)。だから、対人兵器であるオキシ……ライザーとかいう兵器が、ゴジラには有効なのだ。この、ブンブン飛び回る竹とんぼ様の飛行物体が、どうやらそのオキシ……ライザーらしかった。このあたりで目が覚めた。(8月4日、朝7時ごろ見た夢。飛ぶ夢はよく見るが、たいていは天井にやっと頭が触れるていどの、「空中浮遊」であって、高速で飛ぶのは珍しい。)

■■■■■2007年5月25日:七つの月が昇る村へ行く}■■■■■

カナダ在外研究から帰国した直後の、200410月から始まる夢日記ノート分冊を読み返して、改めて奇天烈な夢が少なくないことに気づく。これから、少しずつ、掲載してゆくことにしよう。

 多分、200410月とおぼしい、日付のない夢‥‥。「七つの月が昇る時‥‥」という俗謡に導かれて、宝探しをする夢である。

 その夢の中では私は民俗学者で、何人かの連れと、ある村で宝探しをしていたのだった。そのきっかけは、その村で、「ひとつとせ、七つの月が昇とき、昇るとき‥‥」という俗謡を、子供たちが歌っているのを聞いたことにあった。

 「七つの月」とは、七つの穴を通して月が七つに見える地点のことらしかった。山深く、岩壁の穴を通して月が七つに見える場所があり、それが、宝のありかへの手掛りになっているのだった。‥‥

 目が覚めた直後には、そのままで小説になりそうな完璧なストーリーに思われたが、きとめているうちに荒唐無稽なのに我ながらあきれてしまった。そもそも、月を七つの穴を通してみると七つに見えるという設定が、そのままでは物理学的に不可能だ。その時のノートには、確かに七つの穴を通して月が七つに見えるメカニズムが図解されているが、両端に近い穴では月からの光線が、凸レンズを通る際のように屈折して、再び目に収束するように描かれている。もし、岩壁の穴にレンズが嵌っていたならば、可能になるわけだが‥‥。

  20041024

 戦後すぐの混乱期のような時代にいた。米兵がいた。私がいた。そしてフランスの王族(?)の出らしき人物がいた。この人物は、なにやら服を汚されたといって米兵に文句を言い、服を洗わせていた。私は米兵に、「彼は貴族だ。宝石をいっぱい持っているらしい」といったことを云っていた。だから皆、彼のいう事を聞くのだ‥‥と。

 目覚めて一時間はたっているのでその他のことは殆ど思い出せないが、なにやら他の時代に生きている他人の人生の一齣を覗き込んだような気がする。そんな、変なリアリティーを感じる夢だった。

■■2007年4月2日:中世インドの貿易商人は私の転生か}■■

夢日記より。3月8日分を掲載。

 また奇天烈な夢をみた。最初の方は、324=320+4といった計算法をやっていたように憶えている(昨日帰途の電車内で読んだ『高校数学+α』の影響)。次の場面では、文献を読むだけで、過去の人間が《私》の転生であるかどうか客観的に判定できる方法を、開発していた。それをもって、三人の「候補者」について分析を始めようとしていた。その中のひとりは、中世インド(らしき時代)の貿易商人で、その人物の日記を手に入れ、「自我体験・独我論的体験」*が出現しているかが判定できれば、《私》の転生であるか否かも分かるのだった。

 場面が変わる。どこかの大学のロビーのような場所にいた。研究会の常連のほかに、初対面の、三十代の背の高い哲学研究者がいた。**ウィルソンを研究しているという。**の部分が聞き取れなかった。コリンウィルソンはありえないから、「アンガス・ウィルソン?」と聞き返した。そうではないらしかったが、「アンガス・ウィルソンを知っている人は今では少ないですよ」と驚きの表情。私は、「今度、研究会で、その**ウィルソンについて発表してくださいよ」と誘っておいた。なぜか、**ウィルソンもひょっとしたら、遍在転生*に関係があるかもしれないと、思ったように憶えている。(3月8日、木。朝十時。京成車中にて。)

*「自我体験・独我論的体験」「遍在転生」については、『<私の死>の謎』(渡辺恒夫著、ナカニシヤ出版)と『輪廻転生を考える』(渡辺恒夫著、講談社現代新書)を参照のこと。

■■■■■■■■■20071月2日:われは人形}■■■■■■■■■

[過去の夢日記よりの抜粋]

「われは人形」というタイトルがすぐさま付くような、短編小説のような夢をみた。

 オーストラリア人の「作家K」と、オーストラリア北部から飛行機で飛び立つと富士山が水平線に見える、といった話をしていたような……。そのうち、Kは、人形にまつわる話を始めた。

 ……まだ小学生の頃、Kは、その木製の人形を買ったのだった(人形というより、木製の小さな白鳥の置物だったかもしれない)。人形はKに、「幸運」をもたらすようだった。友達みんなが、Kの人形のことを知っていたほどだった。

 Kはいつも人形と一緒にいた。人形を捨てても、いつのまにかKの手元に舞い戻っているのだった。こころみに売り払ったことが、三度ほどあったが、それでもなぜか、いつも手元に戻ってくるのだった。……

 最後に、その「作家」の人形にまつわる長い話は、次のようなラストでしめくくられることになる。

 「友人や家族が人形を見つけたらしいけど、私に言わずに燃してしまったらしい」

 「惜しいと思わなかったのですか」と私。

 「全然。まあ、助教授のポストを捨てた、という位なら、惜しかったかもしれないですけどね……」

 「その代わり、あなたは死ぬ!」私は叫んだ。その瞬間、私は、自分が人形であることを確信していた。Kは、アッと叫ぶまもなく、固まってしまった。

 Kに手を伸ばすと、息をしていなかった。

*この夢を見たのは実は、1年半まえ(2005年の6月下旬から7月上旬の間)のことなのだが、「夢の中で私は、あたかも誰か他人によって書かれたシナリオを演じている役者のようである」という知見の例証として、抜粋しておいた。このような内容の短編小説など読んだこともないし、考えたこともない。強いていえば、33年前のSFマガジン誌上での第1SFコンテスト入選作品に、似たラスト(確か、語り手の“オレ”が相手の長い話が終わったところで正体を明らかにして殺してしまうといった)があったと憶えているが、その他の点では類似点はない。ちなみにこのコンテストのもう一人の入選者は、現在、心の科学の基礎論研究会で時おり顔を合わせる松崎保美さんであった。

 抑圧され意識下に追いやられて分裂・独立したもうひとつの自我が、私の知ないところでいまだに怪奇幻想作家として創作活動を行っているらしい。

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