2016年8月10日 (水)

夢の現象学(105):煙突工事現場の恐怖の正体と楳図かずおのマンガキャラの巻

■2016年8月8日(月)。朝10 時。一日たった昨朝の夢を、メモを頼りに書いて...

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2016年8月 3日 (水)

夢の現象学(104):1週前と前日の記憶が混ざった夢を見たの巻

■2016年7月31日(日) 朝7時。夢を見た。デパートの上階にある放送局で、ラ...

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2016年7月25日 (月)

夢の現象学(103):覚醒直後の数分間見当識を失うの巻/FM横浜の番組出演でみなとみらいへ行くの巻

■2016年7月25日。

 夢を見た。窓外に海辺が拡がっているマンションらしき所に住んでいた。高知の海だったかもしれない。海辺の風景以外にも、ストーリーがあったと思うが、思い出せない。

 そして、目が醒めた。醒めた直後は、現実にも窓外に海辺の風景がひろがっている、と思い込んでいたようだ。続いて、「あれ、自分はいったいどこに住んでいるんだろう」と、自問自答した。どうやら、ここは千葉らしい、と分かるまで、数分かかったのだった。見当識を喪失していたのだ。

 アラン・ホブソンの『夢に迷う脳』の冒頭にも、旅行中にホテルで目を覚まして、もっとひどい見当識喪失に陥った経験談が載っている。といっても、「ここはどこ?」は分からなくなっても、「私は誰?」までは見当識障害は及んでいなかったようだ。

 もし、毎朝目を醒ますたびごとに、「ここはどこ?私は誰?」が分からなくなって、そのつど色んな手がかりから再構成をせざるを得ないとしたら、毎朝異なる人格として目を醒ますのと、似たようなことになるだろう。人格の同一性には明証的な基準なんか存在しないという、私がこれから練り上げて行かねばならない立場にとっては、有利になる話ではないだろうか。(朝10時、総武線快速の車中にて。

■前後するが、7月23日(土)には、 FM横浜のFuturScapeという番組に生放送で出演すべく、朝7時半に千葉駅を出発して、桜木町から、みなとみらいのランドマークタワー10Fのスタジオまで行った。

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 写真左が桜木町駅前からのランドマークタワー。
 やがて動く歩道から帆船が見えてくる↓。
 

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 後で日本丸という名だと知った。そういえば、そんな名の練習帆船があったような気がする。 
 今までテレビは5~6回出たことがあるが、いつもテレビ局の方が実験室に撮影に来てく
れていた。
 ラジオもNHKの「学問新時代」と「宗教の時間」(笑)に出たことがあるが、どちらも録音ものだったので、生放送の出演はこれが最初で、かなり緊張した。
 でも、『夢の現象学・入門』の宣伝のためとあれば、やらないわけにはいかない。講談社の広報の人まで、来てくれていたし。
 

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3__2 ディレクターが作ってくれた台本とがよかったせいもあり、パーソナリティの小山薫堂さんと柳井麻稀さんが理解が早く話しやすかったためもあり、思ったより出来栄えは良かったようだ。

 終わって、スタッフの人たちも、面白かったと言ってくれた。

写真は、右が小山薫堂さん、左は柳井麻稀さん。

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その後、ホッとした勢いで、料金250円を払って、日本丸へ乗船。

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写真を並べただけになったが、最後の方の、船の写っていない写真は、ホッとして桜木町近くのビルの6Fレストランに入り、窓越しにみなとみらいの全景(?)を撮ったもの。

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2016年7月17日 (日)

夢の現象学(102):『夢の現象学・入門』が出版されたの巻

■『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社選書メチエ)が出版された。  ほぼ同時...

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2016年7月 2日 (土)

夢の現象学(101):覚め際の夢の中でヘルムホルツの投射説を批判するの巻

■2016年7月2日 久しぶりの夢日記。  どこかの研究会かセミナーの会場のよう...

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フッサール心理学(38):関大での比較思想学会の後、東梅田に行くの巻

■比較思想学会でのパネル・ディスカッションは、まあ何とか無事に切り抜けた。 写真...

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2016年6月 7日 (火)

フッサール心理学(37):比較思想学会のパネルディスカッション

■先月(5月)は一度も記事を書くことなく終わった。 たぶん、「夢の現象学」にアッ...

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2016年4月29日 (金)

夢の現象学(100):明治で最後の脳波実験をしていたの巻/近著『夢の現象学・入門』が7月に出るらしいの巻

■2016年4月28日(木)夢を見た。  明治大学で、最後の睡眠脳波の実験指導を...

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2016年4月 9日 (土)

夢の現象学(99)高空を歩行する夢の巻/明治大学最後の教員懇談会に出席の巻

■4月8日(金)。高空を歩行する夢をみた。

 朝7時45分、「高空を歩く」とスマホに打ち込んだ。
 午後4時になって、このキーワードを手掛かりに想起を試みる。
 最初の方は、例によって思い出せない。
 大学の校舎の、5階か6階かの、とにかく最上階にいた。高知大学か東邦大学かは、
分からない。その階から見下ろすと、街が、飛行機かスカイツリー展望台からの眺望のように、地図のように見えた。
 次に、屋上から足を踏み出した。水の上を歩くようにして、空気の上を歩けるのだった。
 途中、高空を歩いていることの異常さに気付き、恐れを覚えた。
 この恐れによって、魔法が解けるようにして墜落するのではないか、と不安になったが、
幸いそんなことは起こらなかった。あとは憶えていないので、きっと目が醒めたのだろう。(祖師谷大蔵近くの砧図書館にて)。
■4月7日は、明治大学の学部教員懇談会に出席した。
 しばらく出なかったが、今年が5年間の明大兼任講師勤めの最後の年に当たるので、
記念にと思い、出席した。
 いよいよ最後の年が始まると思うと、お茶の水の駅からニコライ堂の敷地の裏を通る通勤の道にも、雨の中、桜の花びらが散り敷いていて、新鮮だった。
 懇親会には大勢の参加があった。その中で、SF評論家の小谷真理さんと、超心理学の小久保さんを引き合わせることができたのは、収穫だった。
 帰りは、千葉の自宅ではなく、祖師谷大蔵の家に泊まった。病を抱える身になったせいか、祖師谷通りも花吹雪で、異様に美しく思えた。
 今、書いている本のあとがきを、芭蕉の句のもじりでしめくくるということを考え付いた。
 いわゆる旅をしているわけではないが、人生は元々旅なのだから。
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 旅に病んで、夢は可能世界(モナド)をかけめぐる
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2016年4月 3日 (日)

夢の現象学(98):古代の鏡付家具調度品の撮影兼年代測定の巻/キーワード式夢想起法の完全なる失敗の巻

■3月27日 夢を見た。早朝5時ごろに一度目ざめてスマホに打ち込んだキーワードを...

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2016年3月21日 (月)

夢の現象学(97):恐竜に支配された地球の巻/中世の修道院で古い医学書の図版を見るの巻

■2016年3月15日(火)夢を見た。枕元のスマホに「地球は恐竜に支配されていた...

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2016年2月26日 (金)

フッサール心理学(36):翻訳書が出版されたの巻/ジュリアン・グリーンを読了した感動の巻

■2016年2月25日。ようやく、翻訳書『子どもの自我体験ーーヨーロッパ人におけ...

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2016年2月 3日 (水)

夢の現象学(96):ゲーテの自伝中のドッペルゲンガー体験は自己像客観視を伴う予知的夢なのかの巻

■2016年2月3日 「夢の現象学」記事は通例、夢記録テクストを書くのだが、今回はゲーテの『詩と真実』からの引用から始める。

 ゲーテにドッペルゲンガー(二重身)を見た体験があることは、主に精神医学者の著作を通じて知っていたが、この程、遅ればせながら自伝の『詩と真実・第3部第4部』(潮出版社)を一読して、原文に接することができた(もちろん原典完訳版でという意味だが)。
 抜粋すると‥‥
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このようにあわただしく混乱したなかでも、私はもういちどフリーデリーケに会うことを思い切ることはできなかった。なんとも切ない数日であったが、その日々の思い出は残っていない。馬上からもういちど彼女に手をさし延べたとき、彼女の目に涙が浮かんでいた。私もひどく辛かった。それから小途をドゥルーゼンハイムへ馬を駆ったが、そのときじつに奇妙な予感のひとつに襲われた。すなわち、私自身に向かって同じ道を馬に乗ってやってくる私の姿を、肉眼でなく、心の目で見たのである。しかも、いまだいちども着たことがないような、わずか金色のまじった薄鼠色の衣服を着ているのだった。私がこの夢を揺り落とすと、たちまちその姿はすっかり消えてしまった。それにしても、八年後に、この夢にみた衣服を、しかも自ら選んだものではなく、まったくの偶然に着こんで、フリーデリーケをもういちど訪問するために、この同じ道を通ったのはじつに不思議である。それに、こうした事柄がどういう意味をもっているにせよ、この不思議な幻像は別離のあの瞬間にいささか心の落着きを私にあたえてくれた。素晴しいエルザスを、そこで私の獲得したすべてとともに永遠に捨て去らねばならない苦痛も和らげられた。‥‥(55頁、河原忠彦・山崎章甫、訳)
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■じっくり読んでみると、これはドッペルゲンガー幻覚ではない、ということが分かる。
 馬に乗っていたのだから、半睡半醒状態での夢、と見てよい。そして夢の中ではこのような、自分の姿を客観視する体験は、けっして稀なものではないのだ。私自身の夢にもそのような例がある。次は、男子大学生の夢記録からの抜粋だ。
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‥‥気が付くとコンクリートの古ぼけた五階建てぐらいのうす茶色した建造物(ウェディングケーキのような上階にいくに従ってちいさくなっていくような感じで、そして、窓は各階に一つぽっかりあいている、裏に絵を描きました)の一番上の階にいる僕が見える。次に最上階から僕は、地上で野球をやっている少年たちを見ている。‥‥
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 少し分かりにくいが、「ウェディングケーキのような建物の一番上の階にいる僕が見える」とあるのが、自己像客観視だ。添えられた絵には、窓の中の小さな人影に「僕」とあり、そして地上からそれを見上げている大きな人影にも「僕」と記入がされている。夢でよくある、見る自己と見られる自己との分裂だ(次の場面では地上の僕は上階にいる僕に吸収されて分裂は終っているが)。ゲーテの体験でも、馬に乗った同士が行き会ったのだから、自己像客観視による自己分裂と解することができる。
■ゲーテ自身はこの体験を予知的に理解したらしい
 ゲーテが体験をじつに不思議なものと思ったのは、「八年後に、この夢にみた衣服を、しかも自ら選んだものではなく、まったくの偶然に着こんで、フリーデリーケをもういちど訪問するために、この同じ道を通った」ことである。
 ただし、無意識的な創作の可能性を否定するに足る証拠ーーその体験の直後にすぐに書き留めた記録が残っているなどーーが提示されていない以上は、次のように解釈するのが、妥当な線といえる。
 ゲーテは馬上で睡眠状態に陥って、夢のなかで自己像を客観視した。けれども自分では眠ったという自覚がないので、幻覚だと思った。8年後に同じ道を通って既視感(デジャヴュ)に襲われ、かつての自己像客観視を思い出した。そして、かつての分身の服装と現在実際に身に着けた服装が、あたかも同一であるかのような気がして、これを未来予知的に解釈した。
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2016年1月17日 (日)

フッサール心理学(35)翻訳書の題名が『子どもの自我体験:ヨーロッパ人における自伝的記憶』に決まったの巻

■金子書房から2月末に出版予定の翻訳書の題名がほぼ決まった。 『子どもの自我体験...

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2016年1月 2日 (土)

夢の現象学(95)初夢では高知が水没しかけているの巻

■2016年1月1日 初夢を見た。  起床の前に、枕元のスマホに「高知 運河 水...

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2015年12月30日 (水)

夢の現象学(94)久しぶりに明晰夢を見たの巻

■2015年12月28日(月)。年の瀬だが、久しぶりに明晰夢を見た。  最初の方...

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2015年11月26日 (木)

夢の現象学(93):夢の呉れた奇抜なアイデアの巻

■二度寝をして見た夢。 2015年11月24日。夢を見た。  集合住宅の4階に住...

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2015年11月14日 (土)

フッサール心理学(34):『間主観性の現象学Ⅲ その行方』(フッサール、筑摩書房刊)の訳語は他者問題を隠蔽している疑いがあるの巻

■フッサール遺稿からの抄訳『間主観性の現象学Ⅲ その行方』がちくま学芸文庫から出...

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2015年11月 7日 (土)

夢の現象学(92)下手な少女漫画の台本のような夢の巻

■11月5日。夜明け前、3時半ごろに目が覚めた。

 夢を見た。最初の方は具体的には思い出せない。とにかく、ピアノのある広い客間で、いくつかの場面が展開していたのだった。
 主な登場人物は、初老の紳士(メガネをかけていたと思う)。ピアノを弾く少女。そして目ざめ前の最後の場面だけを鮮明に憶えているが、(貴婦人風の)女性の客がひとり加わっていた。
 私の視点は一貫して傍観者にとどまっていたが、それでも登場人物のひとりで、どうやら女性らしかった。
 最後の場面では、紳士と客の女性の会話が続いていたが、ピアノを弾いていた少女が、突然、会話を遮って、鉈のようなものを木製のテーブルに叩きつけた。そして叫んだ。「それならあたしのお姉さんはどこにいるのよ!」と。
 このあたりで目が覚めた。
 なにやらひと昔前の下手な少女マンガみたいな夢だった。
  紳士と客との会話内容は思い出せないが、少女の身の上、特に家族に関する調査のことだったのだろう。
 また、自分はどうやら女性らしかったと書いたが、それは決して確実ではない。観察者視点に徹していたので、自分自身のアイデンティティをふりかえる機会もなかったから。たぶん、この物語の登場人物としては女性の方がふさわしいと、覚め際にでも解釈しただけかもしれない。
 それにしてもどうしてこんな夢を見たのやら。マンガに源泉があるのかもしれないが、心当たりがない。読んだ漫画はだいたい憶えているが、こんな場面は思い出せない。
 少女漫画と言うより、昭和初期の「新青年」のノリというべきかもしれない。もちろん、心当たりの作品があるわけでもないが。
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2015年11月 5日 (木)

夢の現象学(91)未来への準現在化が現在化する典型的な夢を見たの巻

■10月6日 断崖の中途の細い道を行く不可解な夢。

 火曜日。昨日、仙台の質的心理学会から帰った。そして、朝方の夢。今は午後二時だから、
断片的にしか憶えていないが。
 海の傍にある大学の研究室のような所へ行ったのだった。往路は夜で、真っ暗闇の中を、垂直にそそり立った断崖の中途の細い道を、手すりを伝って進んでいったのだった。
 下は怒涛の暗い海だ。
 そして帰途。今度は昼の光のなかを、同じ道を通るのだったが、崖の高さは目もくらむよう。はるか下方に泡立つ海を見下ろすと、恐怖で身が竦んだ。
 「夜の方が見えない分だけまだ恐怖度が低かった」と、心に思ったか、だれか連れがいて話しかけたかしたが、どちらだったかは思い出せない。
 とにかく、手すりを頼りに崖道を進んでいく場面だけが、目覚めても強烈に印象に残った。
 どうしてまた、こんな夢を見たのだろうか。
■10月26日。未来への準現在化(Vergegenwartigung)が現在化(Gegenwartigung)する典型的な夢。
 ゲーテ・インスティチュートで明後日に受ける予定のレベルチェックを受けている夢を見た。
 まず、受付に行って、窓口でスタッフと話す。日本人だったかな。隣の窓口でも、他の人が、同様なやり取りをしていた。
 その後、相手が通路まで出てきて、四角で囲んだ5の数字の記してある紙片を渡す。「パーフェクトです」と言う。それも、A2のレベルだという。会話はまったくダメなはずなのに、不相応に高いレベルに編入では困った、と思った。聞き取れなくとも相手のみぶりで分かってしまった、ということなのだろうか。
 隣の人は、「2」らしい。これが、筆記テストらしい(などと、筆記をした覚えもないのに、考えた)。
 次にドイツ人と会話するテストだ。窓口で相手をした、私の担当の日本人スタッフが、ドイツ人を探しに行く。先刻の窓口カウンターの内側で、何かやっているドイツ人に、「ちょっと」といった感じで合図をする。ドイツ人が通路に出てくる。とりあえず、"Guten Tag"と言おうかな、などと思っているうちに目が覚めた。
 ちなみに、気が変わってレベルチェックには行かなかったので、予知夢にはならなかったらしい。
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«夢の現象学(90):夢の中の見知らぬ人物が実は前日すれ違った人物だったの巻

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